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身体の声なのか単なる怠け癖なのか。

これやらないとな、あれもやろう、とか思っているのだけど、疲れていたり眠かったりしてやりたくなくなっているとき、それを「身体の声だから」と理由にしてしまう。

そういうときはほんとに、身体が休憩を求めているというのはあると思う。
身体に無理がかかってるから疲れるのだし、睡眠が足りてないから眠いのだし。

この身体にこれが必要だ、この身体がこれが困ってる、というのを身体が主張しているのが、不調とか痛みとかになって出てくる。
それを無視していたら体調壊してしまう。
(実際昔無理してでもやらないとと、睡眠時間削るのを続けていたら、ちゃんと寝れなくなったり手が痺れたようになったりあちこちおかしくなってしまった。)

だから、疲れてるなら休んだ方がいいと思うし、眠いなら寝た方がいいと思う。

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そう思うし、だからできるだけある程度身体休めるようにしたいと思ってるし、人から疲れたなどと言われたらそう答えると思うんだけど。

でも疲れてようがなんだろうが、がんばらないといけないときもあるし。
多少疲れててもがんばれることもある。

がんばりどころでがんばれないと、自分にとってよくないと思う。
ちゃんとしたいときにがんばれないと罪悪感も覚えるし。
(だからがんばりたいときにちゃんとがんばれるように、体調整えておくのも大事とも思うけど。)

なので、身体の声を聞くとか言ってないでないでがんばらないと、と思うこともある。

身体の声がとか言ってるのは、怠けてない?弱音吐いて言い訳してない?と思うこともある。

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身体を整えておきたいな、身体を大事にしたいな、と思うのもほんとだし(その割にちゃんとできていないけど)、身体云々そこそこにできるだけがんばりたいと思うのもほんとだし。
身体整ってないとちゃんとがんばりきれないのも事実だし。

でもほんとに無理なときと、ちょっと怠けてるときとはあると思う。
無理なところまでぎりぎりまでと思うと負荷かかるなとも思うし、そこを甘くしてたら怠けてしまってるとも思う。
怠け癖はよくないけど、ゆるむときも大事だし、はりつめてばかりだと壊れやすくなるとも思う。

どれくらいがちょうどよいのかわからずに、ちょっとしんどくなったり、甘くなって後悔したりしてしまう。

そのちょうどよさをはかるところが、身体の声なのかなとも思うけど。
どこがよいバランスなのか、状況によっても、何をするかによっても違うだろうし、がんばるべきところなのか?ほんとにそれが必要なのか?をやっぱりしっかり考えないとなぁと思う。

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