「大変なのをおもしろがれるのは才能」か?
「新しい業務、なんか大変そうだよね。」
と、兼務先部署の上司に言われて、
「はじめてのことばかりだし誰もよくわからないこと多いのは大変だけど、楽しいです。」
と答えたら、
「そういうのをおもしろがれるのは才能のひとつだよね。」
と言われた。
そういう面もあるかな、とも思うけど、そうでもない、とも思う。
"大変"と感じるのが人それぞれってだけだと思うし、"おもしろい"のもそれぞれなので。
その上司がおもしろいと思う基準とか、大変と思う基準が、私と違うだけかな、と。
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「そういうの」と言われたのは、以前話したときに
「トラブル対応とか、正解とか手順とか決まってなくて、その場その場で考えて対応するのが楽しい」
という話をしていたからだと思う。
その部署での私の仕事は、それとは逆の、手順が決まっている中でちょっと調整したりしていく感じのものなので、慣れてくると調整内容もこれまでしたのと似たものになり、単純作業っぽくなっててつまらない。
新しく関わっている業務は、はじめてやる役割で、はじめての進め方で、ほぼはじめてのメンバーで、何もわからない状態から進めている。そのくせ一応方向決めたりする役割でいる。
それが、大変そうだね、と言われた理由なのだけど、そもそもほとんどみんながはじめてでわからない状態で、だからわからないことがあるのも当然というような共通認識がある。なんでも聞いていいし、相談していいし、これが正解っていうものや決まっているものとかがない。
そういう状況は、私は結構楽しいし楽。
新しく知ることばかりでおもしろいし、新しく知るって状態でよい。自分で考えたり、こうしたいと言いやすい。
知ってないといけない、決まったとおりにしないといけないという方がプレッシャーかかるし大変。
以前別の、はじめてやる業務をしたときも、わからないことだらけだったけど、それは決まったルールや進め方があり、暗黙のルール的なものもあり、そういうものがわかりにくかったり、なんのためにやるのかわからなかったりした。
決まっているようにやればいいというのは、作業の進め方としては楽なのかもしれないけど、こうするべきっていうのは精神的に大変。
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大変なことをおもしろがれているのでなく、大変だと思っていない、大変さよりおもしろさが強い、というだけだと思う。
大変で楽しくなかったら、やっぱりただ大変で、大変だというだけでおもしろくはならない。
何を大変と感じるかの差だし、何を好きか何が楽しいかの差。
すごいね才能だねと言われたら嬉しくはあるけど、逆に私が大変なのを軽々やってたりするわけで、お互い様なのにな、と思う。