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#111 南米の仇をインドで打つ-5
※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです
結局、登頂までに要した時間は10時間。再びアッパー・キャンプまで下山するのにさらに6時間近くかかった。けれどもあの時のわたしの体力を考えれば無理もなかった。脚も膝もふにゃふにゃでほとんど力が入らず。それを嘲笑うかのごとく、昼間の気温で緩くなった雪の斜面は足を踏み出す度におもむろにずぶりと数十センチほど沈み込むのだから、数歩ごとに足をとられてはドスンと尻もちをつき湿った雪の上に倒れこんだ。
ふとスマホの電池のマークが頭に思い浮かんだ。今のわたしの電池は残り5%くらいで赤く点滅してすぐに「充電してください!」という状況だろうなぁ…などと思いながら、もう立ち上がる気力すらなくそのまま座り込んでいると、ミンマから「It’s not safe here!」「Walk!」と促された。
たしかにさっきからドドドドン…ドドドドン…と耳の底に響く嫌な音が聞こえていて、向かいに広がる雪の斜面に小さな雪崩が起きているのは目に映っていた。渋々立ち上がりまた重たい足を踏み出した。
アッパー・キャンプに到着すると、夕方のキャンプでくつろいでいた人達が驚きの表情を浮かべながら「Congratulations!」と声をかけてくれた。ホテル(中央に張られた大きなテント)で働くラダッキー達も笑顔で迎えてくれて、すぐに熱いチャイを入れてくれた。件のスイス人は、わたしが登頂した上に大幅に時間をオーバーして戻って来たと知ると、心底驚いた表情を見せてくれた。
あれほどこだわった「登頂」
その最大の目的を達成できたにもかかわらず、脱力と放心でしばらくは喜びや感動から程遠い状態だった。
なにはともあれ、わたしは南米の仇をインドで打つことができたのだ。
今回の登山は、最後までシェアする相手が見つからなかったり、直前に軽い気持ちでハイキングに行ったSabooで熱中症になったり、天気もずっと優れなくて常に「Go or Nogo」の瀬戸際のような状況だったけれど、最後には何か大きなチカラがわたしに味方してくれたように思う。
あの日に登頂できたのはわたし達とチェコから来ていた男性のみ。その前日(わたし達がロゥアー・キャンプでヒョウにテントを打たれていた夜)は、登頂者ゼロ。わたし達と同日出発予定だった人達が延期して登った日もまた天気は大きく崩れて再び登頂者ゼロ。
結局あの日に「Go」の判断をしてくれたミンマが正しかったと言うしかない。
わたしの専任シェルパとしてついてくれたミンマ。彼を通じてシェルパという職業に大きな尊敬の念を抱くことになった。その一方で、彼から「娘が二人いる」という話を聞いた時には「彼の子供が女の子で良かった」と心底思った。女の子ならきっとお父さんと同じこの過酷な職業に就く道を選ばずにすむはずだから…と。
今回このストック・カングリの頂上に立つことができれば、きっとわたしはこの旅に終止符を打つことができる、次の道へと進むことができると強く信じていた。だからこれまで以上に強く登頂にこだわってきた。そして、幸運にも今回はその強い思いを達成することができた。
けれどもわたしにとって登山の本来の意味はおそらくもっと違うところにあったのだ。
天候の崩れや同行者の体調など自分の努力ではどうにもならない要素のせいで登頂が成らないことも十分にあり得る。たとえベストを尽くしたとしても物事は思い通りになるわけではない。そのありのままの状況を受け入れる度量を備えること。
そういう潔さをこの先の人生に対して持つための訓練。
我ながらうんざりするほど理屈っぽいわたしはそんな風に思ったりするのだ。
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