広島で生きる #未来のためにできること
今日は8月6日、広島に原子爆弾が落とされた日。
たった1発の爆弾が、「⑯平和」を奪った。
たった1発の爆弾は、広島から「⑭海洋資源」や「⑮陸上資源」を奪った。「①貧困」を生み「②飢餓」をもたらし、「④教育」や「⑧成長・雇用」の機会も奪った。
私は広島生まれ・広島育ち・広島在住の被爆三世。
還暦を超えた母は、被爆二世健診に毎年行っている。
認知症で施設にいる祖母は90歳目前。もう、当時のことは話せない。
広島市では、ほとんどの小中学校が8月6日を登校日としている。私も学生のときは8月6日が登校日で、正直なところ「たいぎい(広島弁:面倒)」と思っていた。
学校に行って、平和記念式典の中継を教室で見て、『はだしのゲン』や原爆の資料を見て平和学習をする。所要時間は2時間ほど。久しぶりに友達に会えることだけが楽しかった。
そして今、自分の子どもたちが同じように学校へ行き、平和記念式典を見る。わざわざ夏休みに登校するのは「たいぎい」だろうか。子どもたちは、何を感じただろうか。
今日の平和記念式典で、湯崎県知事がこう述べた。
想像しなければ、わからない。
あの日、「爆弾が落ちた」というこの場所でその後何があったのか。生活していた人たちがどうなったのか。今も走っている路面電車が当時どうなったのか。親きょうだいがいなくなって、生活はどうなったのか。
想像すれば、何かが変わる。
痛みを理解できる人が増える。相手を思う人が増える。傷つく人が減る。戦争に反対する人が増える。
未来のために、平和を通じて「自分事」を増やしたい。クサい言葉かもしれないし、大げさかもしれない。ただ広島に生まれたというだけ。けれど、私が「ここで生きようとする意味」なのかもしれないとも思った。