あるヨギとの出逢い
仙骨の痛みがなかなか取れず接骨院に通う日々。それを知った親友が、あるヨギの元へと私を連れて行ってくれた。初対面のヨギは気さくに私に話をしてくれた。「へ~。それで移住してから体のあちこちがいたい訳?あなた面白いね~。まぁ皆、そうなんだけどね。」ざっくばらんに話をする中にも気づきが沢山あった。「中学は途中で行けなくなって、、」「あっそこで捻じれたね。そういう本来の自分を表現出来ずに、反対の人格を装ってるよね。」「今は普段何をしてるの?」「農園とゲストハウスをしています。再婚した夫は不動産などの会社を経営していて、私は毎日のほとんどが社員や、宿泊者のご飯作りです。」「それは、そうとうMだね。」「あなた今まで、いろいろやって来たんでしょ?レイキは何年やってたの?」「レイキは10年以上です。」「だったら早いよ。後は点と点を繋げるだけだよ。自分で合点をいかすだけだよ。」
それから集まっていた人たちでご飯を食べ次の日、早朝ヨガが行われた。広い和室で5名ほどが参加をしていた。仰向けに横になり、自分の体の中心を感じるところから始める。自分の呼吸に意識を向けながら、誘導に従う。「息を吐いてー。吸ってー。はい止めてー。止めた時に、内臓を引き上げてー。」「次は火の呼吸―。鼻から勢いよく早く吐いて。吐く時に横隔膜をしっかり動かして。」
こんなふうにヨガ時間を過ごした。ヨギは言った。「ヨガや瞑想を通して自分で気付くんだよ。」「その時わかる人もいるし、後でわかる人もいる。自分の体がいつ捻じれたのか。なんでおかしくなってるのか。」そんなもんなのか、、
そんなヨギとの出逢いから、2週間が過ぎようとしている。今朝も起きると、ヨギが教えてくれた様に布団の中で体をまっすぐにして呼吸に意識を向けてみる。習った事を一通りすると、今朝は右足の動作をする時に5年前に亡くなった母親の妹、私にとっては叔母の姿が見えた。それからしばらくの間、母を感じる時間があった。「あ、もしかしてこれは意味があるかも知れない。」と思った。私は心の中で「お母さん。今までありがとう。私は私として自立して生きて行くね。妹の事が気になるのかな?」それからすぐに母の妹に電話をした。叔母は「ちょうど昨日、高知に行ってね~。真紀ちゃん家が近いな~て、地図を見ながら話してたところだったのよ~。」と電話口で言った。私は孫が生まれた事や、月末に実家の仏壇仕舞いの打合せに行く事や、同じく実家の土地の問題で隣人に会いに行く事、母の骨を納めているお寺に行く事について話した。そう話している内に、叔母は「芳美ちゃんのお墓参りに行きたいと思っていたけど、場所がわからないから一人では行けないかったの。」と言うので、それならと月末に一緒に実家に行く事になった。越前町の母の実家にも。母の気がかりが私の体を通して現れ、私達を結び付け、運ぼうとしている事にとても驚いた。肉体はなくなっても意識体としては存在し、今も私たちと交流を行っているのだ。それとも私自身が、もしかしてまだ母に強く執着をしているかも知れない。身体の痛みの原因が、どうもこの辺りにあるらしいと気付く、素晴らしいヨガの体験であった。
2024/11/19