見出し画像

心配されたかった私

現在冬だが私の人生の夏休みがそろそろ終わりに近づいているこの頃
こんばんは!
このnoteも誰かに読まれてるんかな〜?
あまり読まれてなさそうだな〜と思うこの頃
まあ読まれてなくてもこれは人生の、これまでの、振り返りだから、ね
書き記すことに意義はある

さてさて本題

前回のあらすじ

私はナイトハイクで泣いた
だが、理由は暗くて怖いという恐怖からくるものではなかった

真相は

心配して欲しかったからだ

え?と思う人も多いだろう

人によっては私の行動、心理が理解できないかもしれない

批判は覚悟だ

事の発端は同じ班の女の子が始まってからすぐに怖くて泣き始めたことだ
私たちは確か手を繋いでいて(ナイトハイクは繋ぐのが普通だよ恐らく笑)
他の子たちも大丈夫?などと声をかけていた
だんだんと泣いてくる子が周りに多くなってきた
これは当たり前なのだけど泣いている子に気にかける
もちろん女子がそして男子も
当然だ
怖がっているのだから

その時の私は怖くなかった
だから泣かなかった
これも当たり前だ

だけど周りには心配されてる人たちばかり
私は周りは心配されてて自分は違うという、人と違うことに困惑したのと
こういう時は泣くのがいいとさえ思って

泣いた

決してみんな泣いてしまってどう対処したらよいのかわからないーといったものではない(♪困ってしまってわんわんわわーんわんわんわわーん泣いてばかりいる、、、という曲のようではない笑)

今振り返るに
私は心配されてる子がいいなと思ってしまった
私は心配されるのが羨ましかった
そして泣けば心配されることは明確だった
それゆえにこんなことをしたのだと思う

でも実際
泣いて
友達が心配してくれて
怖くないよ大丈夫だよって声をかけてもらって

私は違うと思った
全然怖くないのにと思った
心配されたいと思ってただけだったから
申し訳ないなとも思った
私は怖くないのに怖いと思ってその子は慰めてくれて

電気がついている宿舎に戻ってきた
ナイトハイクが終わった
我に帰った
私は怖くもないのになんで泣いたんだとも思った
誰かに怖かったねと言われて怖くなかったと言った
事実だけど事実と反してる発言な気がする

ここでようやく

泣かないで最後までこれるって周りとは違うかもしれないけど立派なことだなと思った
すごいことだなと
それはいいことなんだと

周りと一緒だからいい
周りと違うから変とは限らない

むしろ周りと違っていることの方がいいかもしれない

周りと違うからといって恐れることはない

今ならそう思える

過去の自分に伝えるとしたら
泣く子の方が注目されがちかもだけど
泣かない方が本当は目立って
強くてかっこいいんだよ
ってね

自然教室みどりの学校編





いいなと思ったら応援しよう!