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自社開発企業・事業の3フェーズと求められるヒト、働き方、生存戦略

 特にSIerやSESの対義語的存在として使われ、自社で何かしらのサービスを開発運用している「自社開発」「自社メディア」。新卒・中途面接をしていると高確率で「スキルアップしたいので自社開発に行きたいです」とお話を頂くことがあります。自身でもスタートアップ事業から上場までを経験し、普段毎月平均100枚程度の職務経歴書を見ているところか見えてきた「自社開発」の3フェーズと企業が求め/社員が経験できるスキルについてお話させていただきます。

 よく株をやる方などは事業ステージなどについて明るかったりしますが、今回は働き方についてお話します。本コンテンツは主に開発の観点ですが他業種にも応用可能でしょう。

自社開発の3フェーズ

 世間一般では「企業」単位で扱われがちですが、社内で投資を受けるという点で「事業」で区切る方が適切だと考えています。スタートアップ期・ベンチャー期・EXIT期と区分したものが下記表になります。この区分には社員数などは関係ありません。数十名でも上場を目指してEXIT期相当の働き方になっているケースもあれば、メガベンチャーであっても意識的にスタートアップ期を体現し続けようとするケースもあります。後者は後述しますがだいぶ矛盾を抱えてしまいますけど。

1) スタートアップ期

 駆け出しの企業であり事業です。世間一般の方が大企業と比較したベンチャーに対する世間一般のイメージはこれでしょう。0→1などと言われるフェーズです。

 基本的にはガムシャラに試行錯誤をしながら進みます。同一の事業領域で背中を追いかける仮想敵が入れば、その解析や模倣から始めることができます。

 個人的には「学園祭実行委員」と表現しています。来る学園祭の実行に向けてひたすら頑張り、目標を達成して泣きながら乾杯するイメージ。長時間労働も多く、今上場しているベンチャーのCXOなどと話しても「深夜のファミレスで事業の方針について語っていたあの日」みたいな話は出てきがちです。

 開発品質は大手自社開発から転職してきたCTOやテックリードが初期から居るケースは別ですが、そうでない場合は選定の甘い受託やオフショアから始まりがちです。重要なのは「とっととリリースして需要を探ること」です。将来を見据えた意識の高い技術選定も、丁寧なソースコードレビューもサービスが世間に受け入れられなければそんな将来は来ません。揃った開発リソースで品質は妥協しながら最速でリリースをする。そのため、現在多くのユーザーを抱えている事業のソースコードの深部には、必然的に汚いソースコードになりがちです。あれは「技術的負債」と罵るのではなく、「自分の飯のタネをつくってくれてありがとう」感謝しながら弔うのが正しい姿勢だと信じています。

 開発だけしていれば良いというわけではないのもこの時期の特徴です。何せ人が少ないのでエンジニアとあっても複数の役割を担うことが求められます。開発者視点でよくあるのは以下の3つではないでしょうか。徐々に組織が拡大し、任せられるその日まで兼務は続きます。

・インフラ(DevOps)
・社内インフラ(情シス)
・エンジニア採用

 資金調達などで目立ち始めると労基署もやってきます。適当につけていた自己申告のExcel勤怠も怒られ始めるのがこの頃です。ある日突然残業時間の清算が発生したりすることもよく聞きます。これが次のベンチャー期へのシフトアップの狼煙なのでは?と考えています。

2) ベンチャー期

 スタートアップ期を乗り越え、会社を支える柱となる時期です。ユーザーがつき、動くお金が多く集まり始めます。

 プロダクトとしてはスケーラビリティや信頼性が求められ始めます。適当に組んだレンタルサーバやなんちゃってVPSから大手パブリッククラウドに乗り換えたり、冗長構成にしたり様々なミドルウェアが同居していたサーバを分割したりします。開発の現場はコーディング規約やコードレビューが登場したりします。開発人数も増えてくるので「ソースコードを読めば分かる」というフェーズからドキュメンテーションの必要性が唱えられ、プロジェクト管理ツールを真っ当に動かし始めます。

3) EXIT期

 スタートアップだった企業の多くはVCからお金を借りることが多いです。借りたお金の返し方は上場かM&Aが基本です。これらに共通することは会社の持ち主の変更です。上場すると顔の知らない株主がオーナーになりますし、M&Aは他所の会社がオーナーになります。どちらにも共通して言えるのが「責任の爆上がり」です。

 個人的にピークに責任の上昇を感じたのは初値を意識した上場直前の1ヶ月前でした。今で言うSREだった私の命は下記のようなものです。

・障害を起こしてはならない
・リリース原則不許可
・インスタンスの再起動原則不許可
・セキュリティパッチを含むミドルウェアのアップデート適用不許可
・IR情報が掲載されるコーポレートサイトについては1分たりとも落としてはならない

「インターネットはベストエフォートです」と言ってみようかと思いましたが控えておきました。過剰に思えたその対応も、S社の顛末を見てしまうと何も言えないですね。

 誤解を恐れずに言うとベンチャー期まではWill / Can / Must(WCM)などと個人の意志が尊重され、柔軟に職務内容を拡大できていましたが、EXIT期では職務は縦割りになっていきます。サービス運用が慎重になっていくフェーズと言えるでしょう。

自社開発の3フェーズを遷移する際の高い壁

 ここまで自社開発の3フェーズをお話してきました。次に企業の成長に合わせて労働者に強いられる変化についてお話します。中で働いていると時間の経過とともに緩やかな変化に思われるかも知れませんが、その実は車のギア変換みたいなものでbefore / afterでは結構な違いが存在します。その違いに気がついたとき、企業の成長についていけないというギャップに繋がります。

(A) スタートアップ期→ベンチャー期

 ガムシャラに長時間労働をしながらアウトプットして入れば良かった頃から、品質を問われる時期への突入です。開発の場合であれば極端に言うと我流でも認められていた頃から、急にコーディング規約が登場し準拠せねばならなくなったり、コンピュータサイエンスの知識が求められたりします。

 この能力的なハードルが実に高いです。私が経験した場合でもベンチャー期に残れなかった面々が居ます(何ならこのコンテンツを執筆していたせいで今朝方夢に出ましたが)。経営層としてはスタートアップ期に文字通り尽力してくれたメンバーなので重用したいところですが、能力不足なのに重用してしまうと優れたメンバーに悪影響があります(勤続年数を理由に昇格したりすると大変です)。

 会社のステージがベンチャー期にシフトアップする際に本人に学習する姿勢があり、実際に成果に繋がれば喰らいつくことができます。しかしその道を選ばないとまたスタートアップ期の他社に転職するという流れになります。転職先でもガムシャラに働くことは期待されているので一時的にはwin-winですが、転職先がベンチャー期にシフトアップするとまた同じ問題が起きます。加えて問題になってくるのが年齢です。ガムシャラに働けるのは20代中盤、長くて30代前半まででしょう。先の彼はたまたま町中で会ったときは激太りしていましたが、肉体的に無理がたたるのもまたスタートアップ期なのです。

(B) ベンチャー期からEXIT期

 個人的には1社員として考えるとベンチャー期が一番楽しかったですが、経営層の視点ではさっさとEXITしないとまずいのでそうも言ってられません。

 裁量が大きく能力が分かりやすく拡大して行けば承認されていたベンチャー期から、責任と縦割りに縛られたEXIT期へのシフトアップは職務の手放しと他者に託すことが求められるため妙な痛みを伴いますし、寂しいですし、窮屈です。

 生きの良いエンジニアを活かすという観点と、自由度高く新規事業に挑めるという観点では、企業をホールディングス化し、そのうちの一部を上場に捧げつつ他で遊びを持たせるという戦略が良いのだろうなと個人的には考えています。

(C) EXIT期、もしくは大企業からスタートアップ期に転職

 意外と居られます。R社さんのOBOGとか特に。

 縦割りや自分の持ち場が決まっていた企業からのスタートアップ期へのシフトダウンは一筋縄には行きません。「何故この仕事を自分が担当する必要があるのか」「この程度の制度や福利厚生がここにはないのか」「前職では整っていた」というのがこのシフトダウンの際のNGワードになります。

 このシフトダウンを成功させるために必要な要素としては極力離れた2つ以上の強みがあると考えています。開発の場合、フロントエンドとサーバサイドの組み合わせは割と普通です。開発とインフラ、開発と採用くらい離れているとシフトショックは吸収できる傾向にあるようです。

経営の観点から見るギアチェンジと論理矛盾

 経営層からするとガムシャラに働いてくれるスタートアップ期は好ましく思うことが多く、スタートアップ期の働き方のままベンチャー期のような専門性を身に着けてくれればと願う方が居られます。

 しかしこれは可能でしょうか?一度シフトアップした企業や、外から見た時に「どう見てもスタートアップではない」と見られる企業には真のスタートアップマインドを持った人は集まりにくいものです。勢い社内の文化として長時間労働を醸成するということもできなくはないですが、昨今のクチコミによりその求心力も容易に低下しがちです。

 シフトアップし著名になればなるほど社会的責任は向上してしまうのは避けられないことです。各フェーズに応じた働き方の中で最大限のパフォーマンスを発揮できるような組織づくりをしたほうが現実的だと考えます。

しっかり教えてもらいたいタイプはSIerが良い

 特に新卒の方に多いのですが、面接などの際に「研修制度はありますか?」「新卒はどのような研修を受けますか?」と質問される方が居られます。基本的に自社開発は既存の実装メンバーを教育コストに割り当てることは相当余裕がないとできません。一般的には自走などと表現されますが、自身で業務時間外にキャッチアップし成長していく姿勢でないと厳しいものです。研修がないと不安な方は悪いことは言わないので研修が厚いSIerをオススメします。

自社開発面接で聞く「成長できそう」とはなんぞや

 今一度、面接の場で言われる自社開発における「成長」について考えてみます。 一口に自社開発と言っても経験できるものは様々です。企業と共に育つのが理想ですが、数多くの困難が伴います。

・スタートアップ期
 広い裁量
 自身の専門分野以外も含めた経験値の獲得
・ベンチャー期
 やや広い裁量
 サービスの成長とそれに対して求められるスケーラビリティ、信頼性
・EXIT期
 高い専門性
 慎重なサービス運用と責任

 就活や転職で応募される方は今一度「どうなりたいのか」を考え、「どのフェーズなのか」という視点で企業選択を見つめ直すと企業選びが現実的なものに近づいていくでしょう。

 既に社員の方や経営層の方は自社のフェーズがどの位置なのか意識することで評価軸や採用像がクリアになっていくことになるでしょう。

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久松剛/IT百物語の蒐集家
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