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アカデミックの雇止め問題と、進む高度人材(博士・ポスドク)のビジネスでの受け入れ
アカデミック界隈の雇い止め、大量解雇のお話が続いています。こうした記事の多くは「科学立国日本」を嘆く形で締めくくられます。10年以上嘆かれているのですが進捗が景気に左右されやすい問題であり、根本解決が望みにくい課題です。「良いからお金をくれ」というのもスマートじゃないですし。
どんなに高度人材の待遇を嘆いたところで民主党の事業仕分けの時から潮目は変わってしまったので、アカデミック人材が何かしらの民意により保護されるというのは期待しないほうが良いように思います。私もエラい目にあいました。
アカデミックで生き残るのは難しい
ベンチャーでエンジニア採用やキャリアと向き合っていると数は多くはありませんが「ロックで食っていこうとしたが目が出ないのでエンジニアを志望した」という方にお会いします。「ロックで食ってく」と言うと若さの象徴のように捉えられることがありますが、アカデミックも似ているというのが個人的な見解です。
時代に愛される必要性
音楽だと高度な技術を持った上で、世間に受けるフレーズをトレンドを意識しながら提供しなければなりません。研究も内容的に高度なだけでなく、研究費を獲得するためにはトレンドを追わねばなりません。キャッチーなテーマ・フレーズ・バズワードを掲げなければ外部予算は通らない傾向があります。特にITなどは流れが早いため、自分のやりたい志向性に対して時代に即しているかどうかが問題になります。今でも王道で残れている人たちを見ると、時代に愛される必要があるなと感じます。ちなみに私の研究領域は消失しました。
憧れ搾取の側面
アカデミックの雇用形態は有期で始まり、40-50代で初めて終身雇用が見えてくる世界です。芸能やファッション界隈などで目にする言葉として「憧れ搾取」というものがあります。憧れ搾取というのは「やりがい搾取」の一種であり下記のような状態になります。
世間的に輝かしい、派手に見える
一定数志望者が居る
下積みが長い
スターを除くと待遇が良くない
アカデミックもまた終身雇用に向けた「憧れ搾取」の側面があります。
イノベーションシンポジウム 2022
先日顧問を拝命していますアカリクさんのイノベーションシンポジウム2022にて「博士人材の採用・育成・活躍・評価に関する各社事例に関するディスカッション」のモデレーターを担当させていただきました。
株式会社日立製作所 人財統括本部 人事勤労本部 タレントアクイジション部 部長代理 若月本有氏、マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパン アソシエイトパートナー土谷大氏、三菱電機株式会社 開発本部 技術統轄 古藤悟氏、株式会社リネア 数理エンジニアリンググループ マネージャー本田大悟氏との座談会を実施させていただきました。日本の大企業、外資コンサル、ベンチャーというまるで違う3社がそれぞれの視点から博士人材のビジネス転身についてお話をするという非常に興味深い時間となりました。
博士人材需要の変化
かつて博士のビジネスへの転身というのはなかなか難易度が高いものでした。スムーズに3年で卒業できるとまだ良いのですが、オーバードクターになると更に厳しく、研究内容がビジネス領域との親和性があり、当該領域の景気が悪くなければ教授のツテで就職できる事例もありました。
その後、2012年のビッグデータブームから現在のAI・DSの流れにかけて数学に強めの高度人材(数学、物理、天文学など)が徴用されるようになり、データサイエンティストの文脈でビジネス転身する事例が多く産まれています。待遇も非常に良い傾向にあります。
その一方で数学を扱わない人材は長く厳しい状態でした。特に人文系高度人材(心理学、哲学、文学、社会学など)は厳しかったのですが、ここに来て外資コンサルブームに牽引される形で入社・活躍事例が産まれ始めているとのことです。背景としては思考の切り口が新鮮で需要があるとのお話でした。専門性や視点の多様性と行ったところでしょうか。粗利が大きく、人材採用に余裕のある企業だからこそできるトライだとは思いますが、実績として非常に興味があります。
個人的な見解としては、データサイエンティストにせよ、コンサルにせよ、地頭を活かしたものなので、もう少し専門に近いところで「専門分野×IT」あたりで落とし所をつける世界を目指したいところです。しかしコンサルは待遇が非常によく、転職があったとしても比較的転職が歓迎されやすいので適正があるのであれば選択肢として良いと思います。
QA
アカリクさんのセミナーの特徴として濃密なQAがあります。人生相談になるケースも多く、スピーカーやモデレーターとしても回答のしがいがあり、楽しみにしています。
今回のQAはいつもと様子が違い、やや斜に構えたものが散見されました。特に思い入れのあるポイントについて触れていきます。
Q.「大学教員がインターン参加を許可してくれません」
教員が「インターンに行くくらいなら研究しろ」と言うものです。私も大学に長く居たので、夏休みを丸々インターンに使う学生や、選考で研究室に現れない学生を前に苦々しく感じていたことはあります。
確かに過去には研究テーマがビジネス領域の需要に近く、かつ当該分野の景気が良ければ教授の口利きによって決まる就職の事例はありました。しかしこの2つの条件を満たさないと教授の口利きによる就職は難しいです。私も打診してみましたが無理でした。
アカデミック、ビジネスに関わらず自己責任が前提の世界なので、研究が進まないことで卒業できないのも自己責任なら、卒業後の身元もまた自己責任です。
多くの場合、企業所属をしたことがないアカデミックのみで生きられている先生方ほど就活に対する理解は少ない傾向にあります。しかしその場で禁止をしたとしても、別段卒業後の身元や収入を保証してくれるわけではないので自己責任で行動する必要があります。
ただ就職活動のバランスは重要で、卒業・修了はしてください。
Q.生存バイアスなんじゃないですか?
イベントで取り上げた事例に対して「生存バイアスなんじゃないか」というコメントを頂きました。モデレーターとしてはピックアップすべきか悩みましたが、綺麗なだけでは会自体が役に立たないと判断したので取り上げました。
実際のところ、学校基本調査として就職割合はあるのですが、就職割合は妙にフラットですし、ざっくりとしたデータであるため具体的にどういう人がどこで何をしているのかは分からない状態です。
![](https://assets.st-note.com/img/1654410284226-VBStIhJRSK.png?width=1200)
https://www.mext.go.jp/content/20211222-mxt_chousa01-000019664-1.pdf
学校基本調査の平成12年度版をもとに使われたのが「博士が100人いる村」と言われています。割合的には正しいのですが、煽り具合が厳しく、「行方不明」に分類されていた私個人としても厳しさが過ぎるコンテンツでした。
博士人材データベース(JGRAD)もありますが、自己申告型ですし、何より2014年からが対象なのでそれ以前の博士はどこで何をしているかも分かりませんし、登録もできません。
初期登録後は登録者の方々に連絡用メールアドレスや博士課程修了後の属性等のキャリア情報を継時的にJGRADに入力していただくことにより、博士人材の社会での活躍状況の把握を試みるというプロジェクトです。
このように現存する高度人材のキャリアについての統計は解像度が低い状態です。専門分野が細分化されていることを踏まえると一分野だけ取り上げて「この専門の人材は何%がこうなります」とは全く言えません。このような状態なので、高度人材が納得できるような統計が皆さんの任期中に出る可能性は低いです。
ポスト数はビジネスの方が多く、大学のように少子化に伴ってポストが減ることもありません。ITエンジニアに関して言うと求人ばかりが増えています。何よりアカデミックと違って最初から無期を狙えるのが正社員です。受け入れの間口も広がりつつある中で、「どうせ無理だろう」と思うのは非常にもったいないことです。また、経歴やアウトプットを一般の目に付きやすいSNSやブログなどで出していかない限りは声がかかることも望みにくいです。
高度人材に限らずキャリアは人の数だけあります。また他人が成功したからといって再現性もありません。「生存バイアスに見えるから信じられない」ではなく、実際に動いてみれば良いと思います。
何にしてもアカデミックのキャリアは有期雇用スタートしかないなので、失敗事例を探して悩んだり、受動的に任期延長を祈るより、能動的に任期終了前にいくつか試してみれば良いでしょう。もし任期延長が決まり、企業からの内定も出れば、そこで初めて悩めば良いじゃないですか。
アカデミアの怖いところは、基本的に周囲の先生方は「生存できた人達」なので、公募戦線の事実に気づくのはコミュニティによっては致命的に遅れるということ…
— 久松剛 (@makaibito) June 2, 2022
(エラい目にあった人より) https://t.co/RerdlOFAQq
高度人材の就活アンチパターン
研究テーマの研究はしっかりされているのですが、就職となると業界研究が甘い方が多く、よく知った大企業を優先的に受ける方が多い傾向にあります。大学院という時間もコストもかけた結果なので有名なところに入りたい気持ちは分からなくはないですし、親が出資者の場合は親の顔色を伺うこともあるでしょう。しかしその結果、就活が迷走する方が少なくありません。
セミナーでも業界研究をし、企業の有名・無名に囚われずフラットに当たり、自身の能力が活かせる場所を探すことをお勧めしています。まずは業界地図などからあたりをつけ、ベンチャーなどもリサーチしていくことをお勧めします。アカリクのように博士の就活に強い紹介会社に話をしてみるのも良いでしょう。
無難な一社目の企業選びの軸の一つとしてお勧めしている観点として、「既に高度人材が複数在籍し、活躍している」というものがあります。これは生きやすい傾向にあります。0名の企業は一社目に行くにはハードです。本当にハードでした。
高度人材の一般的な強み
高度人材はもちろん個人差や専門分野による差異はありますが、概ね下記のような能力が備わっている傾向にあります。
何かしらの専門性
専門性を支える汎用的な知識
高度な課題設定能力
0-1のプロジェクトへの取り組み実績
リーダーシップ
プロジェクト管理能力
これらの能力に対する証明としての学位と捉えることをお勧めしています。
この点において何もないところから人生一発逆転を狙う未経験エンジニアの話題とは大きく異るところです。上記の要素の何らかはあるはずなのでキャリアの棚卸をしながら、強みを生かして悔いのない人生を歩んでいただきたいです。
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