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2024.11.23の辰巳ヶ沢(作品完成)

画用紙にクレパスで色を塗りながら、初めて会ったカモシカを思い出す。

たぶん22歳の頃だったと思う。
東京の学校を卒業し、地方へ引っ越して間もない頃だった。
自然に飢えていたのだろう。休日には森を歩き回っていた。
引っ越して間もないある日、テントを担いで林道をひとり歩いていたときのことだ。
20メートルほど先で動物の気配を感じた。
「何かいる……」
立ち止まり、よく見えない森の中をじっと見つめる。
私はクマを連想した。恐怖心が奥底から湧き上がり、それと同時に抑えきれない好奇心も顔を覗かせる。
体は逃げ腰だったが、頭だけは前のめりになっていたかもしれない。
こんなに近くに何かがいるのに、その姿が見えない。
どのくらい時間がたったのか忘れてしまったが、突然、
「ピュシー」
という強い息を吐く音とともに、ガサガサガサと大きな音が鳴り響いた。
その瞬間、走り去るカモシカの姿が見えた。
恐怖から解放される安堵感と、野生動物と出会えた嬉しさで胸が高鳴ったのを覚えている。
あの時、私が恐怖と興味を抱いていたように、実はあのカモシカも同じ気持ちだったのではないかと思う。
ただ、彼(彼女)は興味よりも恐怖の方が勝り、
「もう耐えられない」
そう思って逃げたのかもしれない。
彼(彼女)は確か老齢の個体だったように記憶している。
おそらく、彼(彼女)はもうこの世にはいない。
しかし、その血を受け継ぐ個体が、同じ山塊の辰己ヶ沢にいるかもしれない。

辰己ヶ沢で描いたカモシカはこれで完成する。
モデルになってくれたカモシカ・・・。
どうかこの冬を無事に乗り切ってほしい。

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