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【翻訳】 ANNE OF GREEN GABLES 『赤毛のアン』 #3

 そうして、レイチェル夫人はティータイムを済ませると出発した。それほど遠い道のりではなかった。カスバート兄妹が住んでいる家は、だだっ広く、果樹園に囲まれていた。リンド家の窪地からは400メートルもない。まあでも、長い小道がずっと続いているので、もっと長く感じはする。
 マシュー・カスバートの父親は、その息子と同じように、内気で無口な人だった。森の奥に引きこもったわけではないが、彼は自分の家を持つときに、できる限り近所から遠く離れた場所にした。そのため、グリーンゲイブルズは、彼が切り開いていった土地のいちばん端っこに建てられたまま、今日に至る。
 他のどのアヴォンリーの家々は仲良く街道沿いに並んでいるというのに、グリーンゲイブルズは街道からほんのわずかだけしか見えない。あんなところでの生活は、到底生活と呼べるようなものじゃないと、レイチェル夫人は思っていた。

「あれじゃあ生活するってより、ただそこにいるだけってもんだよ」
レイチェル夫人は、くっきりと轍のあとがつき、雑草がぼうぼうと生えている小道を踏みしめながらぶつくさと言った。小道の両わきには野ばらが咲いている。
「マシューもマリラも、まあ何か、変わり者に違いないね。こんな辺鄙なところに二人きりで住んでるんだから。木なんて話し相手にもならないだろうに。いや、木が話し相手になれば、あの二人にゃあ、それで十分なのかもしれないがね。あたしゃあ、人の方がずっといいね。まあ、あの二人が今の生活に満足している感じがするのは確かさ。でも、あたしに言わせりゃ、ただ、慣れちまっただけだね。人間の体は、何にでも慣れることができるからね。アイルランドの諺じゃあ、首を吊られたって慣れちまうって話じゃないか」

 こんなことを言いながら、レイチェル夫人は小道を抜けて、グリーンゲイブルズの裏庭へと入っていった。裏庭は緑にあふれ、きっちりとこぎれいに整えられていた。片側には、堂々とした柳の大木が並び、反対側にはロンバルディア・ポプラの木々が上品に整列し、裏庭はそれらの木々に囲まれていた。
 裏庭にはぽとりと落ちた小枝も石ころも、ひとつも見られなかった。もし落ちていれば、レイチェル夫人はすかさず見つけることができるのだから。マリラ・カスバートは、家の中と同じくらい、この裏庭も掃き掃除しているのだろうと、レイチェル夫人はこっそり思っていた。地面の上で食事をしたって、諺であるような、食事に泥がつくなんてことは起こりそうになかった。

 レイチェル夫人は台所のドアを、気忙しくコンコンと叩き、どうぞという返事が聞こえると、家の中へ入った。グリーンゲイブルズの台所は、居心地の良い部屋だった。というより、めったに使われない応接間のような様子にみえるほど、これでもかときれいにされているので、少々居心地は悪いかもしれない。
 窓は東向きと西向きについていて、西向きの窓からは裏庭を見ることができる。その窓からは、6月の柔らかな日差しが溢れ出している。しかし東向きの窓には、ブドウのつたが絡みあい、うっそうと茂っている。そのため、窓からはさくらんぼの木の白い花や、小川の傍の窪地で風になびくすらりとしたカンバの木が、チラリとしか見えなかった。
 その窓辺に座ることは、マリラ・カスバートのお決まりだった。何でもかんでもきっちりとしていなければ気のすまないマリラにとって、照ったり陰ったりするいい加減な太陽の日差しは少しあてにならないものだったが。
 マリラはその窓辺に座り、編み物をしていた。後ろのテーブルの上には、すでに夕食の支度ができていた。

つづく


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
ロンバルディア・ポプラの木は、こんな感じらしいです。

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