「宿題が終わらなくて困っています」そんなときに一番大事にしたいこと
小学生から高校生まで、夏休みに困っているのは〇〇だった!?
先日、夏休みのお困りごとについて、保護者の皆さんにアンケートを取らせていただきました。
すると、夏休みは、小学生から高校生までまんべんなく「宿題」について困っている方が多いようだ、という結果になりました。
5分とじっとしていられないので机に向かえない
一人では勉強できないが、親は教えられない(時間がない、学習内容が難しい等)
親が教えるとすぐケンカになる
宿題を見てくれるところがない
1問でも間違うとパニックになる
読書感想文が書けない
などなど。
困りを抱えやすいのはADHD+軽度ASD?
ADHD+軽度ASDというお子さんが多かったのも印象的でした。
実際、さまざまなご相談を伺っていて、
本人も社会のやり方になんとか馴染もうとする
社会の側もそれを期待する
でも馴染めなくてお互いに苦しい思いをする
のは、このあたりの特性を持つ人(大人も子供も)が多いように感じています。
従来の宿題の形式が、こうした診断を受けるタイプのお子さんにとってしんどいのも、さもありなん、という感じですね。
じっとしていられない
集中が続かない
感情の振れ幅が極端
人の話を聞けない
認知に微妙な偏りがある(物事や相手の話を自分流に解釈する度合いが少しだけ高い)
・・・といった特性を想像すれば、お子さんや親御さんにとって、何ページも続く計算ドリルや漢字書き取りドリルがどれほどのハードルになるか、よく理解できます。
そんなわけで、以下の項から、宿題についてちょっと書いていってみようと思います。
宿題に対する三輪堂のスタンス
最初に申し上げると、わたしは宿題には懐疑的です。
少なくとも現状の主流になっている宿題の出し方には、改善点がたくさんあると感じています。
身体の原理原則から見ると、やりたくないことに無理に取り組むより、やりたいこと・自然にやっていることに取り組むほうが、心身の才能がのびのびと発揮されます。
宿題に限らず何事も、本人がやりたいと感じるか、仮にやりたくなくても、本人の目的にとって必要なものであると納得できるか、が大切です。
宿題が好き!やりたい!という子は、もちろんどんどん進めてもらえたらと思うのですが、宿題が苦痛で仕方ない子にまで同じやり方で宿題をさせるのは、ちょっとどうかな~と思っています。
とはいえ、宿題があったほうがいいと感じるご家庭や教育関係者の方々を否定するつもりは全くありません。
賛成・反対、どちらでも、ご意見をぜひお聞かせくださいね。
宿題の主な目的3つ
それではここで、宿題の目的はそもそも何か?を考えてみましょう。
一般的によく言われるのは以下の3つです。
反復練習の機会を担保する
自分で学ぶ習慣を身につける
児童・家庭による家庭学習の差を埋める
反復練習の機会を担保する
1は、繰り返すことで定着をはかるものです。
一回では覚えられない漢字に繰り返し触れる、1桁の計算を繰り返して数の合成・分解が直観的にできるようになる、といった影響が期待できます。
自分で学ぶ習慣を身につける
2は、学校で受動的に先生の話を聞いているだけではなく、自分で宿題というタスクを管理し、学習内容の全体像をつかむ力を育むことを期待するものです。
学習内容のどこがわかって、どこがわからないのかがわかれば、どこを重点的に学べば良いかもわかります。
児童・家庭による家庭学習の差を埋める
3は、塾に行っている子や家庭学習に熱心な家庭と、そうでない家庭とで、必然的に学習時間に差が生まれるので、宿題によって学習時間を生み出そうとするものです。
この3つ、どれも目的としては有意義ですね。
問題なのは、宿題によって本当にこの目的を達成できているのか?ということです。
実は、宿題が苦手だ、取り組めない、というお子さんの話を聞いていると、宿題がこれらの目的の真逆の影響を与えてしまっていることもしばしばあります。
宿題の一番大事なポイントは【目的】
宿題をするなら、
【その子にどんな力をつけてあげたいから宿題をするのか?】
が大事です。
既習内容の定着を図りたいのか?
学習への成功体験を積ませたいのか?
発展的な学習を進めたいのか?
自分から課題に取り組む主体性を育みたいのか?
などなど・・・
それによって宿題の内容も、出し方も変わってきます。
今の宿題に足りていないもの
が、実際には、学校で出る宿題はクラスや学年で共通で、個人に合わせた柔軟な調整はあまりできていないことがほとんどでしょう。
(学校側の人的負担を考えれば、無理もないこととは思います。)
現行の宿題の最大の課題は、この「その子にとっての目的」が不明瞭であることです。
本人の目的に合っていない宿題なら、やる意味はありません。
(余裕があればやってもいいと思いますが、別にやらなくていいと思っています。)
宿題がつまらない理由
ちなみに、目的地が見えなくても、現在地が合っていれば宿題はできます。
つまり、何のためにやるのかがピンと来なくても、解ける問題を出されれば、真面目な生徒は解いてくれるのです。
でも、そういう宿題は、たいして面白いとは感じられないはずです。
だから、宿題にそれほど困りを感じない子であっても、宿題が好きという子はあまりいません
それは日々やっている(やらされている)宿題が、自分の目的に合っていないからです。
ただでさえそうなのだから、宿題に困りを感じる子ならなおさらです。
ですから、宿題の悩みを解決するには、まずは
「その子にこの宿題を提供する目的」
を大人が明確に設定し、ご本人にもその目的を納得してもらうことが第一です。
宿題の悩みを解決する最初の一歩は
そもそも宿題には「取り組む」と「できる」の2ステップがあります。
親子で宿題を中心にして必死になっているご家庭は、この2ステップをうまく切り分けていないことが多いのです。
大人は無自覚にこの2ステップを混同しますし、勉強にさほど壁を感じない子にとっては「取り組む」のステップはほとんど問題にならず、「できる」のステップばかりに焦点が当たります。
でも、学習に苦手意識がある子にとっては「取り組む」のステップをいかに楽しく越えさせてあげられるかがとても大事です。
大体、宿題が苦手で仕方ない子は、机に向かって紙と鉛筆を使って行う通常の学習スタイルにも苦手を感じていることが多いのです(集中できる時間が短い、繰り返し学習が苦手、読み書きに強い苦手意識がある、等)。
そうした苦手意識が刺激されると、彼らは「取り組む」の壁を越えられません。
その子が無理なく取り組めるスタイルの課題を提供したいところです。
「取り組む」の壁を越える工夫
例1:見せる量を減らす
たとえば、学習に苦手意識がある子は、課題の問題量や文字量が多いと、見ただけでうんざりしてやる気をなくすことも。
(ドリル1冊なんてとんでもない、時にはプリント1枚でもアウトです。)
その場合は、見せる問題を少なくしてあげるのが一つの手です。
ドリルのページを1枚ずつ切り取って渡す
プリントを折ったり切ったりして問題を1問ずつ提示する
など。
例2:座って紙と鉛筆を使う「以外」の方法で
机にじっと座っているのが苦手な子は、そもそも鉛筆で紙に書くスタイルの学習は不得手です。
身体を動かしながら
声を出しながら
画像や音声入力を活用して
などなど、その子が楽しいと感じられる活動を工夫しましょう。
文字を書く活動はほぼ音声入力で代行できます。
作文や日記など、考えを伝える活動は、まずは大人と話し合い、音声を録音して文字起こしすれば、十分な素材が手に入ります。
漢字を書く活動は、タブレットの画面に指で書いてみてはいかがでしょうか。
これなら立っていても、座った腰が落ち着かなくてもできます。
計算は、単純なものなら、身体を動かしながらできます。
例:
▼ たとえば「5+3」なら
床に1から10までの数字を書いた紙を貼り、「ご、たす」と言いながら5の上に立ちます。
「(ご、たす、)さん」と言いながら、3歩進みます。
これで6・7・8の紙の上を歩いたことになり、今立っている「8」の紙が答えです。
例3:間違わせない
学習への苦手意識が非常に高かったり、失敗に対する耐性が低かったりするお子さんは、1問でも間違えるとパニックになって先に進めなくなることがあります。
その場合は「間違わせない」工夫が効果的です。
本人が確実に解けるとわかっている内容からまず取り組む
答え合わせをしない
など。
「答え合わせをしない」とは、文字通り、解くだけ解いて答え合わせをしないでおくことです。
本来は、指導者が子供の解答の様子から間違ったところを分析して、理解を深められるような追加の問題を出すことで学習を進めていく方法ですが、今回は「取り組む」ことが目的なので、取り組むことができれば良しとし、答えが合っているかどうかまでは求めない、と課題を切り分けます。
例4:身体からアプローチする
集中できる時間が短くて勉強が続かない、席についていられない、といったお子さんには、学習の場面とは別に、身体をコントロールする力を高める練習を取り入れることをお勧めします。
これについては圧倒的にお勧めしたいのが、オンライン運動教室「へやすぽアシスト」での練習です。
▼
https://sanrindou-members.com/go/11122/
(へやすぽアシストへのお問い合わせの際は「三輪堂から」とお申し添えください)
自宅で、理学療法士や作業療法士などの有資格者から、運動療育的なアプローチのマンツーマンレッスンが受けられます。
ちょっと信じられないくらい、子供が変わりますよ。
こうした工夫で、まず「取り組む」の壁を越えないと、「できる」にはたどり着きません。
今回お尋ねしたアンケートでも、そもそも「取り組む」の壁にぶつかっているお子さんが多くいらっしゃいました。
この場合、期間内に全部の宿題を終わらせなきゃ、という焦りは一旦脇に置いて、まずはご本人にとって簡単にできるとわかっている内容の宿題を選んで、「どうすれば取り組めるか」を試行錯誤していくところからスタートしていくのがよろしいかと思います。
「宿題が終わる気がしません」
さて、こうした取り組みをご提案すると、必ずといって良いほどいただくのが、
「そんなに丁寧に取り組んでいたら、期限までに宿題が終わる気がしません」
というメッセージです。
親御さんたちにとって「夏休み中に/期限までに/締切までに、課題を終わらせる」というご懸念や焦りが強いことが伝わってきます。
終らないかもしれません
で、これについては・・・
はい、終わらないかもしれません。
お子さんたちにどんな目的でどんな課題が出されているのか、個別の状況は全くわからないまま無責任に書いてしまいますが、
特に「取り組む」の壁がある子は、宿題を期間内に全部終わらせようとしなくてもいいんじゃないかな、などとこっそり思っているところです。
(宿題を出してくださった学校の先生方には申し訳ないのですが・・・)
宿題が、本人にとって学びの積み重ねとはなりえず、ただの苦行になり果てる可能性のほうが高いからです。
長い目で見て大切なのは何か?
大人はどうしても、期限までに間に合わせようという思いで行動しますが、長い目で見て、本当にその子のこれからの人生にとって必要なのは、一体何でしょうか。
それは、無理をして宿題に取り組んで、親も子も疲弊し、副産物として「勉強なんて大嫌いだ!」という実感を固く心の中にこわばらせながら、なんとか期間内に宿題を終わらせることでしょうか。
それとも、少しずつでも目の前のことに集中する力を育て、「自分でやってみたら、できた!」という学びの喜びを味わいながら、自分の将来の目的に合った課題に主体的に取り組む力を育むことでしょうか。
ご家庭で何を優先していきたいか、ぜひ一度、ゆっくり考えてみていただけたらと思います。
先生も実は悩んでいることも
ここで、ある読者さんからいただいたメッセージをご紹介します。
母でもあり、元教員でもある方のまなざしです。
宿題については、実は学校の先生方も悩まれていることがあります。
「クラスの子供たちのことを考えると、本当は宿題を出す必要がないと思っているが、学校全体の方針や保護者の希望のために仕方なく出している」
という先生も、案外大勢いらっしゃるのですよね。
学校と家庭で伝え合おう
宿題はやらなくてもいいと思う、と書いてはきましたが、物事には何事も順番があります。
出された宿題をただ黙ってやらずにおくのでは、宿題を無視しているだけに見えてしまいますし、お子さんが「やるべきものをやらずにいる」ポジショニングになり、先生としても指導せざるを得なくなります。
ここはぜひ親御さんに、学校の先生との懸け橋になっていただきたいのです。
お子さんの家庭学習の様子、宿題をするにあたって困っていること。
今回の宿題はここまでやってみて、こんな状況だった。
この部分はできたけれど、残りはこんな理由でできなかった。
など、など、お子さんの現状と現在地を先生に伝えてあげていただけないでしょうか。
それだけで、先生のほうでもだいぶ受け取る印象が変わってくるものと思いますし、話の中で自然に学校と家庭での様子を伝え合うことになるでしょう。
学校と家庭との双方で、お子さんにとって安心できる関わり方を探っていくこともできるでしょう。
宿題を片付けようとすることよりも、はるかに大切な一歩になるのではないかと思います。
優先したい価値観は何ですか?
なんとか期限内に宿題を終わらせたい、と願われる親御さんにとっては、消化不良な話かもしれません。
でも、宿題をやればやるほど自己肯定感が低下し、勉強嫌いになっていくのだとしたら、それは本当にやる意味があるものなのでしょうか。
学びとは、本来とても楽しいものです。
ぜひ一度、お子さんとご家族にとって、優先的に選択したいのは何か、大切にして生きていきたいのはどんな価値観か、考えてみていただけたらと思います。
一人でも多くのお子さんに、本来の学びの楽しさ、喜びを味わってもらえたらと、心から願っています。
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