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「余裕……僕もちょうど今ほしいんです」悩める精神科医・星野概念さんと考える「心のゆとり」のつくり方

「ボドゲしません?」

誰かのかけ声で、業務時間中に突然ボードゲームが始まる——これがモノグサのカルチャーです。どんなに忙しくても、余裕を持つことを大切にしているのです。でも、そもそも「余裕」ってなに? 余裕がある状態ってどういうこと? 本連載『あいだ学』では、毎回ゲストをお招きし「余裕とはなにか」について考察を深めています。

第2回目としてお招きしたのは、「精神科医など」の肩書で活躍する星野概念さん。自身の立場を固定せず幅広い活動を行っている星野さんに「余裕とはなにか」を聞きました。

プロフィール
星野概念(ほしのがいねん)精神科医など。
精神科医として働き、執筆や音楽活動も行う。いくつかの場所での連載のほか寄稿は多数。音楽活動はさまざま。対話や養生、人がのびのびとできることについて考えている。近書に、『こころをそのまま感じられたら』(2023)(講談社)などがある。

「自由=余裕」とは限らなくて

「余裕って、一体なんでしょう?」

そう問いかけると、星野さんは柔らかな表情で「難しいですよね」とうなずきました。2月の21時すぎ。仕事終わりに駆けつけてくれた星野さんの穏やかな声で、取材が始まります。

星野:余裕……僕もちょうどほしいと思っているところなんです。実は最近、予定を詰め込みすぎてしまっていて。去年は、睡眠時間が1日3〜4時間の時期もありました。これではまずいと思って今年から予定を調整しているのですが、今日も仕事が長引いてしまって、この時間になってしまいました。遅れてきちゃってすみません。

「あくせく働け」なんて誰にも言われていないのに、何もしていない時間があるとなんだか落ち着かないんですよね。どうしても、このままで大丈夫かなって思ってしまう。

——わかります。暇だと、逆に気持ちが焦ったり……。

星野:「手持ち無沙汰な状態に安心する」というのが、すごく難しいのではないかと思います。僕のところに来てくれる人もそうだし、僕の周りの人たちもそう。いつも何かに駆り立てられているような感じがします。

たとえば会社に行くのに疲れてしまったという人と診療で話して、「休職しましょう」という方向になったとしても、実際に休めるようになるまでには時間がたっぷり必要だったりします。そんなことしていいのかな、誰かに迷惑をかけないかな、そのまま働けなくなったらどうしよう……と気遣いや心配でいっぱいになって、最初の方は休職するほうがむしろ疲れてしまうというのも少なくない気がします。

——たしかに、休むと不安になることってありますよね。……でも正直、星野さんが「余裕がほしい」とおっしゃるのは意外でした。精神科医をやりながら、音楽活動をしたり、趣味の「発酵」について発信したり。好きなことを自由にやっていらっしゃって、余裕ある暮らしをしている印象があって。

星野:自由だよねって、よく言われます。縛られているものが少なそうで、いいねって。確かに僕は自分がいいと思うかたちで柔軟に生きています。でも、実際のところ余裕があるわけでもなくって……。

「違和感のあることはしない」と決めた20代

星野:ちょっと昔の話にさかのぼりますね。僕は20代の頃、ミュージシャンを目指していました。数年やればプロになれると心から信じていて、バンド活動に主軸を置いた生活をしていたんです。夢は、音楽で食べていけるアーティストになること。逆算して個人的には「武道館でライブをする」というのを目標に据え、メンバーみんなでがむしゃらにやっていました。

だけど、掲げていた目標が、なかなか叶わないんです。次第に「あれ?」と思い、焦り始めて。何をやっても思うようにいかず、みんなも自分も疲れてしまって、結局バンドは解散しました。今思えば「武道館に立つために邁進する」ということがむいていなかったんだと思います。音楽の能力的にも、明確な目標設定をするという生き方も、僕の人生にとって違和感があったというか。

——違和感。

星野:たぶん僕は生来「売れる」とか、「稼ぐ」みたいなところと、折り合いのつけられない人間なんです。それよりか、自分の好きなかたちで音楽活動をしたり、興味のあるいろんなことに手を広げて取り組むほうがずっと性に合う。バンド解散を経て、この違和感に敏感になろうと決めました。しっくりこないことは、長く続けられません。

2年前に常勤で勤務していたところを辞めて、今はすべて非常勤の場所で働いているのですが、それも今の僕にとってはその方が違和感がないと感じたからだと思います。いろんな場所で精神科医として活動するほうが、支援者として最終的にありたい姿に近づいていくような気がしているんです。こうして僕は、今のところ比較的自分の好きなように動ける、ある意味自由な立場になっています。でも、これはこれで今、すごく不安で。

——どんなときに不安になるんですか?

星野:たとえば、周囲の人たちがどんどん偉くなっているのを見聞きする瞬間とか。今日僕が診察をしてきた病院は、同い年の院長先生が経営しています。そういうとき、自分とつい比較してしまいますね。この年齢になれば、開業医になっている人も多いですから。他にもふとしたとき、大学病院に勤め続けていれば給料が上がっただろうなとか、雇用保険に入ったままのほうが安心だったよな、とか。

自分にマッチする生き方を見つけて楽になれたと思いきや、手放したものに意識が向いて、強烈な不安が襲ってくる。企業に勤めていたエンジニアさんがフリーランスになったときと似た葛藤なのかもしれません。

——なるほど。自由になったからこそつきまとう不安、というか。

星野:人って、明確に意識していなかったとしても「こうあるべき」というものを認識していて、それに縛られすぎてしまうと余裕がなくなるような気がします。かといって、僕みたいにどうにか逃れた場合にも、結局ものすごい不安が芽生えるんですよね。これは年齢に関係なく、大人も子どもも同じではないかと感じます。

特に僕なんかのように、自由になったことで、多くの人が歩んでいるであろう道からずれてしまう場合は、不安がどうしても湧いてくるんだと思います。なのに、はたから見れば、自由で余裕に満ちた暮らしを送っていそうに見える。「アイツはそういう自由な奴だから」と、周囲の誰からも心配されません。それもまた不安に拍車をかけたりして……。「ちょっとは心配してよ」って思いますもん(笑)。

「ビジーなパソコン」に、なっていませんか?

——星野さんは、余裕がなくなったときはどう対処していますか?

星野:前提として、自分の状態を把握することを大事にしています。余裕がないときって、普段の自分ならしないであろうことをしたり、普段抱かないであろう感情が湧き上がったりするもののような気がするんです。そんなとき「あれ?」と自分で気づいてあげられることが、まず大事だと思っています。そうじゃないと、物事がうまく進んでいないこと自体に焦って、また余裕をなくして……と負のスパイラルに入ってしまう。

——確かに、どんどん気持ちがキツくなりますね。

星野:僕はよく、余裕がない状態をパソコンに例えています。ビジーな状態のパソコンって、グルグルの表示が回るばかりで、思うように動いてくれませんよね。まずは自分が今ああいう状態にあるんだと認識することで、現状を受け止めてあげることが大事だと思います。

ただ、余裕のない自分に気づいても、じゃあそこからどうすればいいのかは難しい問題で……。実際、僕もどうしたらいいか模索中なんです。

——たとえば、患者さんによくお伝えしていることはありますか?

星野:うーん。環境や性格にもよるので難しいですね。人それぞれ対処法は違うという前提で話すなら「自分は余裕がないときにこうなる」という傾向を、年月をかけてでも見つけておくことは、おすすめです。

たとえば、不安が出たときにお酒を飲みすぎてしまうという方がいるとします。でも飲むと翌日に自分を責めて、さらに余裕がなくなってしまう。そんなとき自分のことを「いつもお酒を飲んでしまうタイプ」とはっきり自覚できていたら、対策を考えられますよね。寝れば忘れられるタイプなら、寝てしまうことがとりあえずの対処法になる。もちろん、すぐ眠れず余計にストレスを溜めるタイプの方もいるので、自分の特徴をしっかり知ることが大事ですが。

——いかに自分を客観視できるか、ですね。

星野:余裕は数値化されないからこそ、自分が出すサインに向き合ってあげてほしいです。そういえば最近、睡眠の質を計測してくれるアプリがありますよね。睡眠時間や眠りの深さを計測してくれて、自分のコンディションが一目でわかる。僕も使っています。あんなふうに、毎日の余裕をグラフ化してくれるサービスがあったら、気持ちの変化がわかっていいかもしれないですね。医療の現場では、「痛み」は本人にしかわからないから「どのくらい痛いか」を毎日10段階などで申告してもらって、鎮痛剤を調整することがあります。そんなイメージで、日々の気持ちを自分で記録してみたら、サインを見つけやすくなるかも。

ゆるく話せる相談場所を持てたら

——客観的になれるという意味では、誰かに話すのも効果的ですか?

星野:そうですね。人に相談した結果、つらい言葉を受け取ってしまうケースも考えられるので一概にいいとは言えませんが、話すことが有効な場面は多いです。距離の近い相手じゃなくてもいいので、ゆるりと相談できる居場所があると安心だと思います。

僕の知り合いには、占いに定期的に行って身の上話をすることで、感情を客観的に整理している人がいます。近い間柄である必要はなくて、ざっくばらんに話せる相手がいるといいんだと思います。学校などの集団生活なら、対話をしてみるのもおすすめ。対話の時間って、論破するとか、勝敗をつけるとかではなく、ゆるやかな時間の流れの中で自分の感情と向き合えます。

もちろん、精神科医に相談してもらったり、カウンセラーと話すのもいいと思います。診察室でも、時には雑談が続く日もあるんです。それだけで気分が変わって、こんがらがった気持ちや考えがほどけることがあるのではないかと感じます。「いつもと違うことに目を向けてみようかな」と思えたり。そういう気持ちの変化が、小さな余裕につながっていくと思います。

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取材・執筆:安岡晴香
撮影:小池大介
編集:三浦玲央奈(株式会社ツドイ)

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