見出し画像

『門徒衆よ、家康を討て!』

あらすじ

戦国の世、三河一向一揆で矢作の上宮寺に立て籠った門徒と家康が対立し、寺内にいた信念と雑念という二人の幼な馴染みの小坊主がいた。信念は弥陀の本願を説き、お寺に介入する家康を敵視し、門徒を督戦するが、雑念はどうしても納得できない。家康方に『厭離穢土 欣求浄土』の旗が上がる。門徒衆側に『進者極楽往生 退者往地獄』の旗が上がる。「家康が悪いのはわかるが、門徒衆もおかしいだろ」と疑問が湧き、寺を抜け出して「調停者」を探す。

登場人物
  雑念
  信念(雑念の幼馴染)
  およね(雑念の幼馴染)
  蓮助(雑念の幼馴染)
  あおい(雑念の姉)
  勝祐
  加藤教明
  門徒4人
  深津八九郎(忍者)
  松平家康
  榊原康政
  乳母様(妙春尼)
  孫六(加藤高明)
  足軽2人



〇シーン① 佐々木上宮寺

●お寺の境内。本堂が遠くに見える。にぎやかな市が立っていておよねとあおいが木綿の布や糸を、門徒②③も竹篭や農具を商う売り声。門徒の蓮助が登場。

蓮助  「およねさん、いつもせいが出るね。」
およね 「蓮助さん縫い糸を卵と交換しておくれん。」
あおい 「三河の木綿は天下一だで。日本に初めて綿の種が着いたのも三河の浜だでね。」
蓮助  「ほりゃあすごいね。そんなに昔から?蓮如さんより?」
あおい 「うん、親鸞さんより。」
蓮助  「ほんとかね。いつよ。」
およね 「だから、ずっと昔々よ。」
あおい 「延暦十八年。」
蓮助  「延暦?なにそれ?いつそれ?」
あおい 「今を去ること七六四年前。」
蓮助  「延暦寺ができたのが?」
あおい 「延暦七年。」
およね 「親鸞上人が生まれたのは?」
あおい 「治承五年(一一八一年)、養和元年、養和の飢饉の年」
蓮助  「あおいさんの記憶力はけたはずれだな。」
あおい 「(深刻そうに)私は一度見たものは忘れることができないの。」
蓮助  「ほんとかよ、すげえな。」
およね 「そう思うでしょ。でも昨日何食べたかは忘れちゃって。」
蓮助  「あおいさん、昨日の晩飯はなんだった?」
あおい 「うーむ、うーむ(腕を組んで考え込む)。」 

●考え込んでいるところに、ほうほうの態で駆け込んでくる小坊主の雑念。取り囲む蓮助、およね、あおい。

あおい 「ど、どうした?雑念。」
雑念  「姉ちゃん。み、水をくれ」

●蓮助がひしゃくを持ってくる。水をごくごく飲む雑念。

蓮助  「どうした?いくさでも始まったような慌てようだな。」
雑念  「は、始まったんだよ。」
あおい 「あんた、修行やめて、侍大将になるとか言って、竹千代様のとこに行ったんじゃあなかったか?」
蓮介  「もう竹千代様じゃあないよ。元信様だろ?」
雑念  「いや、元康様と名前を変えられた。」
あおい 「今は家康様。」
蓮介  「よく変わるね、そうそう家康様のとこに行ったんだろ。」
雑念  「それが家康様とご家来筋の酒井様の同志討ちなんだ。(あおいに向かい)姉ちゃん。いやぁ、いくさは恐ろしい。ありゃ命のやり取りだな。」
蓮助  「当たり前だ。」
およね 「よかった無事で。」
雑念  「橋目村の幼馴染の永太も紀一も(そこまで言って泣き出す)。」
あおい 「ど、どうした?」
雑念  「永太は家康さんの陣の放った矢に刺さって。紀一は足軽に背中をき、斬られて・・。」
三人  「どうした。」
雑念  「し、死んだ。(腕を目に当てて泣く)。」
三人  「(驚いて)死んだ!」
およね 「いくさって人が死ぬんだね。」
あおい 「あたりめえだ。」
蓮助  「勝った、敗けたと侍は騒いでいるが、生き残った数と死んだ数を足したり引いたりして言ってるだけだ。」
雑念  「それで死ぬのはたいがいはおいら達足軽。永太の、紀一の、苦しむ顔が焼き付いて離れない。」
およね 「いくさって」
三人  「恐ろしいねえ。」 

●いつしか四人の後ろに立っていた小坊主の信念に雑念が気づく。

雑念  「あ、信念。お願いだ。お師匠様に、勝祐様にとりなしてくれ、ここ佐々木上宮寺においらを置いてくれ。」
信念  「(黙って聞いている。)」
およね 「信念さん私からもお願い。」
蓮助  「お寺の塀に守られた、この惣村はどこよりも安全だもの。」
雑念  「信念、おめえの言うとおりだった。いくさ場は地獄だ。無間地獄だ。」
信念  「(黙っている)。」
雑念  「おめえの言う通り、もうあちこちよそ見しない。念仏修行一心になる。とりなしてくれ。(拝む)。」
信念  「(少し冷たく)雑念よ、いくさ場稼ぎのあさましさにやっと気が付いたか。」
雑念  「ああ、目が覚めた。これからはおめえのように念仏一心。阿弥陀様におすがりする。(信念を拝む仕草)。」
信念  「私は仏ではない。わたしを拝むでない。ついひと月前、阿弥陀様を見限ってお寺からこっそり逃げだし、家康にすがっておきながら。」

●そこに上宮寺の和尚・勝祐が侍の加藤教明を伴い登場。皆、膝を正して拝む。「とりなしてくれ」と言わんばかりに信念の裾を引っ張るが無視する信念。   

勝祐  「皆さん、御商売は繁盛していますか?」
三人  「(それぞれに)おかげさまで。ありがとうございます。お寺様のおかげです。」
勝祐  「おや?そこにいるのは雑念ではな
いか?」
雑念  「(待っていましたというように)お師匠様お久しゅうございます。(謝ろうともじもじしている)。」
勝祐  「稲刈りの手伝いで橋目村に帰っていると信念に聞いていたが。無事に刈り入れはすんだようだの。」

●驚いたように四人は信念を見つめる。
信念  「お師匠様。雑念も一生懸命野良仕事に汗して戻ってまいりました。修行に戻るお許しを。」
勝祐  「うむ、もちろんじゃ。雑念、信念は一番仏の御心に近い者じゃ。」
雑念  「(独り言)信念が仏に近い?(勝祐に)お師匠様、信念が仏なら、私は?」
勝祐  「信念は仏。お前は、そうだな。とぼけ』じゃな。」
雑念  「とぼけ?ですか?」
勝祐  「(雑念の顔には、おとぼけの相が出ておる。)
およね 「(雑念の顔をまじまじと見て)確かに、おとぼけの相。」
皆   「あははは。」  
勝祐  「雑念や、信念を見習って修行一心に励めよ。」
雑念  「(頭を搔きながら大喜びで)ありがとうございます。」
勝祐  「(信念に向かって)わたくしはこれから京の本山に参らねばならぬ。」
信念  「これからですか?急でございますね。」
勝祐  「そうよ。松平の若殿が駿河より戻って以来、お寺への要求が増え始めての。」
信念  「上郷の酒井様との。」
勝祐  「ああ、そのことも。心配なことじゃ。」
信念  「家康様といくさ事ですか?」
勝祐  「そうなってはいかん。お寺には『寺内不入』という先代広忠様との固いお約束がある。」
あおい 「寺内不入。お寺の中の事や物には領主様は口を出さぬということでしたよね。」
勝祐  「うむ、そうじゃ。それで相談に参る。その間は加藤殿が留守を守ってくださる。加藤教明殿はお前たちも存じ上げておろう?」
信念  「はい。もちろん存じ上げております。阿弥陀様への信仰のとてもお篤い方。」
加藤  「信念殿、力を合わせ、このお寺の信仰と、惣村の自由を守ってまいりましょう。」
信念  「はい。」
雑念  「は、はい私も。」

●幕が下りてくる。

ここから先は

7,203字 / 1画像

¥ 500

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?