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海、下から見るか上から見るか
「海、下から見るか上から見るか」
メキシコでスキューバダイビングのライセンスを取ったときのこと。
ライセンス取得には、
テキストと実技の両方をクリアしなければならない。
まずはテキストを読み、
夜には宿で小さなライトの下、黙々と復習する。
これはまだいい。けれど、問題は実技だった。
プールでの練習が始まる。
どうも私には潜る才能がないみたい。
水中の見えない世界が、ただただ怖かったのだ。
酸素ボンベがなくなったときの練習、
ゴーグルが外れたときの対応…
これらはすべて緊急時に必要なスキルなのは
理解しているけれど、どうしても恐怖が勝る。
呼吸を止めることへのプレッシャーや、
ゴーグルを外して水を抜くときの不安さ。
プールでさえこれほど怖いのに、
海なんてどうなるんだろう。
と言いながら、筆記テストは満点でクリアした。
そして、いざカンクンの美しい海での実技が始まる。
海を見て恐怖は一層強まった。
足は地面に届かないし、耳抜きの仕方も曖昧、
浮いてしまう自分の体をコントロールすることすらままならない。
それでも、インストラクターに引っ張ってもらいながら、
少しずつ海の底へと降りていった。
そこにはカンクンの海底には遺跡が広がっていた。
海の中なのに眩しくて、ふと上を見上げると
水面から差し込む太陽の光がきらめいていた。
鳥が飛ぶ影が、ゆらゆらと水面に映って見える。
それまでに何度も水面を上から眺めたことはあったけれど、
下から見上げるのは初めてだった。
恐怖と同時に、その光景の美しさに心が震えた。
水中から見上げる世界は、
地上からの視点とは全く違って神秘的で美しい。
海の底から見る地上は、幻想的な絵画だ。
水中から見る地上の世界は、
普段の日常からは決して見ることのできない神秘的な光景が広がっていた。
ライセンスは無事にとったものの、
私はやっぱりダイビングが得意な方ではない。
むしろ、恐怖と不安が常に頭の片隅に残る。
水中に潜るたびに、「もし何かあったらどうしよう」という緊張がつきまとう。
でも、あの時見た地上の光の美しさに魅了され、時折また潜りたくなる。
海はただ怖い場所ではない。日常を超えた驚きと感動の待つ場所。
海に潜るたびに、そのことを改めて感じ、
少しずつ自分の恐怖も薄れていく気がする。
結局、海の中で感じる美しさと静けさが、
私を再び海へと引き寄せている気がしている。