第325話 言葉ではなく、カオと動きで名キャッチコピーをパクる
◆バーボンウイスキー
時計の針は、もうすぐ21時を指そうとしている。
僕は、ダイニングテーブルで、フォアローゼス-ブラックを飲んでいる。
フォアローゼス-ブラックは、普通のフォアローゼスの、1ランク上のバーボンウイスキーだ。
樽で寝かした年月が、ノーマルのそれより2~3年長い。
僕は、しみじみ思う。
「やっぱり、ブラックは旨い」と。
不思議なのは、もっと高級な『フォアローゼス-プラチナ』になると、僕には合わなかったことだ。
何度かプラチナを飲むも、結局僕は、このフォアローゼス-ブラックばかりを飲むようになったのだった。
20代から30代のころのことだ。
ロックで飲むのが好きだったが、53歳の今の僕には『水割り』の方が旨い。めっきり、酒が弱くなった。
昔、渋い中年のバーテンダーに、
「バーボンは、ストレートかロックで楽しむものだ」
と、教わったのが、僕が、ロックウイスキーを嗜むキッカケだった。
「えっ、甘い…」(23~24歳の若きじょーじ)
「そうだろぉ~」(渋い中年バーテンダー)
って会話があったなぁ。
◆ゆかりちゃんはソファーで微睡む(まどろむ)
ゆかりちゃんは、リビングのソファーに座ってTVを観ている。
ちょっと前に、ゆかりちゃんが微睡み(まどろみ)はじめたことに、僕は気づいていた。
(バレたか?)と思ったのか、それとも(バレるまえに)と思ったのか、ゆかりちゃんが、少し大きめの声で言った。
「眠いの~。・・・寝ても寝ても、それでも眠いの、どうしてなんだろ~?」
僕は、あえてその問いには答えずに、「お風呂、先に入ったら?」と、提案した。
「うん。そうだね。 ・・・ん? スルーした? わたし今、なんって言った?」
「ああ。『眠い~』って、『なんでだろう?』って言ってた~。かれこれ、一緒に暮らすようになって丸5年すぎたけど、さっきのセリフは、もう何十回って聞いているよ~。もう、日常~」
「きゃはははは~!」
ゆかりちゃんは、弾けるように笑った。こういうところが、ゆかりちゃんのカワイイところなのだ。
「春のはじめは『花粉症の時期は眠い』と言って、春の後半は『春眠、暁を覚えず』って言って、夏は『夏バテだから』、秋は『秋だから』とか、冬は『最近寒いから』と、年中、眠いって言ってるよ~」
「あはははは~~~!」
「夜の9時ごろは、1時間くらいの仮眠というのも、もうルーティンや~ん」
◆ゆかりちゃん、名キャッチコピーをパクる
「あははは・・・、ん⁉ はっ ‼」
ゆかりちゃんは、言葉ではなく、カオで、表情で、「そうだ!」と語った。
ゆかりちゃん自身は自覚ないのだろうが、ゆかりちゃんのカオ芸は、お笑い芸人の域に達している。
ゆかりちゃんは、突然立ち上がり動き出した。
ソファーに置いてあるクッション2つを重ねた。ソファーの端にセットする。そして「ポンポン」と、2度、軽くクッションを叩いた。
どう考えても、マクラにする気満々の行為だ。
そして、案の定、横になったのだ。
ゆかりちゃんは、
(そうだ 仮眠、しよう)
と思いついたのだ。
その瞬間、僕には、JR東海のTVコマーシャルが浮かんだ。あの、名キャッチコピー、「そうだ 京都、行こう」が浮かんだ。
ゆかりちゃんは、ひと言も発していない。
ひと言も発することなく、そのカオと動きで、名キャッチコピーをパクったのだ。
「そうだ 仮眠、しよう」
と。
僕は、フォアローゼス-ブラックを、危うく吹き出しそうになったのだった
◆〆
ゆかりちゃんは、
「まえの方が良い」
「短いから」
って、そう言いそうだ。
僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。
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