私が心を大切にしようと決めたきっかけ
こんにちは!
理学療法士のかなえです。
なぜ、理学療法士なのに身体のことではなく、心のことやコミュニケーションについて発信しようと決めたのか。
本日はその理由をお話しいたします。
【マイナス人間参上】
私はとにかく中学生の頃からマイナス思考の人間でした。
ポジティブなんかになれない。
明るくわちゃわちゃして、生きてなんかいられないと日頃から感じていました。
とっても可愛くない女の子だった。
家族の有り難みもわからない。
友人はきっと今だけの付き合いなんだろうなとかね。
とっても寂しい人間だった。
【わたし、食中毒と難病になる】
学校を卒業し、一人旅をしていた最中に高熱と腹痛に襲われた。
我慢ができなくて、病院へ受診をした。
診断は「食中毒」即入院です。
学生の時に勉強したことを思い出した。食中毒は下手したら死んでしまう・・・と。
検査結果が出るまで、とにかく落ち着かず、
とてつもなく怖かったのを今でも鮮明に覚えている。
ベットでしばらく泣いていた。
泣きながら、
「私の人生ってどんな人生だったのか?」
どう振り返っても、大したことをしてない。
誰の役にもたっていない。
ただ流れに身を任せ、時には反抗し、とても面白みもない人生だったと思ったのだ。
食中毒の詳細結果が出て、
幸いにも、食中毒で死んでしまうような毒素は検出されなかった。
「良かった・・死なないで済んだ」と、
正直思った。
入院生活がしばらく続き、食事も絶食から重湯へチャレンジすることになった。
「食中毒が治ったら退院しよう」と、医者から言われていたけれど、なかなか腹痛が治らない。
重湯を食べるとお腹がまだ痛い。
食中毒が長引いているだけかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
いろいろと検査をしていく中で、
次の病気は、「潰瘍性大腸炎」と診断された。
皆さんはご存知ですか?
とっても簡単に症状を説明すると、
お腹が痛くて、お通じが緩くなったり、腸壁がただれ、酷いと潰瘍になってしまう病気。
今の医療では根治は難しく、再燃と寛解を繰り返す。
一部では自己免疫疾患とも呼ばれていますが、未だ原因不明の病気とのこと。
詳細はこちら。以下、厚生労働省難病情報センターHPより
「死ななくてよかったけど、今度は病気と長く付き合うのか。」
と、また落ち込んだ。
入院も延長になり、ご飯も引き続き禁食。
楽しみもなく、なかなか心も立ち直れない。
困ったものだ。。
【再び、適する。 わたし】
ベッドの上で、ただ症状が落ち着くまで横になってる。
そんな日が一ヶ月も続いたら、さすがに飽きてくる。
今ままで、夢に向かって勉強してきたのに、今はベッドの上で落ち込んで。
何をやっているのだろう...と。
勉強していく中でよく出てくる、この言葉。
「re(再び)+habilis(適する)」
ん・・・?
そう・・・今のわたしに必要なものはこれ。
ベッドの上で寝ていても出来ることがある。
症状やお薬のこと、今後の生活のことなど、調べたら自分が安心出来る材料が多くなって生きやすくなる。
もし、調べていて、疑問に思ったことはお医者さんに聞けばいい。
と、少しずつ前向きになった。
忙しい中、私のことを考えお見舞いに来てくれる両親、友人、治療してくれた医療スタッフに感謝をしようと思った。
せっかく助かった命。
これからは一生に一度しかないこの魂と肉体で、全力で生きようとその時思ったのね。
さあ 再び、生きよう。
今は難病で治らないけど、いつか根治出来ると信じて、今を生きる。
後ろを向いたって何も始まらない。
前を向き、新しいわたしになることを決めた。
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【まとめ】
今回は発症時のことから心を大切にしようと思ったきっかけについてお話ししました。
病気になって辛かったけど、
「人の暖かさ」や「思いやり」を忘れていたことに気づかせてくれたのがこの病気たちでした。
今までマイナス思考のわたしは、人との深い関わりを自然と避けていました。
密な交流が取れず、相手への勘違いやすれ違いが起き、さらにネガティブな思考に陥っていました。
病気になり、沢山の人と関わり、凍っていた心が温まり、溶けていくような感覚を日々得ていきました。
その中で、今までの自分の考えや行いを改めようと決心しました。
会話や触れ合いで、心に変化が起き思考が行動になります。
身体も大事ですが、心と身体はリンクします。
心が病むと身体は動きません。大事にすることは身体だけではなく、実は心も大事だと気づきました。
次回は、今までの経験を交えて心についてお話ししていきます。
皆様が穏やかに過ごせますように。
お読みいただきありがとうございました。
またお逢いできる日を楽しみにしております。