見出し画像

伊勢詣(2)

旅籠の者は、すぐに姿を消してしまった。
その上、丁寧に障子戸のところには「包んだ金」がそのまま置いてある。
こうなると、どうにもならない。
少々怪しい、もしや「美人局」とか、「遊女の類」とは思うけれど、女を見る限り、そこまでの「派手さ」は感じない。
一人旅の事情はわからないけれど、「まともな普通の女」と判断した。

二人きりになり
「お気を使わず」
無粋な俺としても、声ぐらいはかける。

「本当に、申し訳ありません」
「せっかくお休みのところ、無理を申しまして」
女をよく見ると、品の良さに加えて顔つきも美しい。
しかし、何より涙がにじんでいることに、気をひかれる。
と言っても、そもそもが赤の他人、事情など聞く必要もない。
結局、少しだけ顔を見て、顔をそむけることにした。
何しろ、女の着物は濡れている。
脱いで乾かさなければならないだろうと思った。
そうなると、どうしても顔はそむけることになる。

「私は、寝ますので、お好きなように」
そこまで言って、女に背を向けて寝ることにした。

「本当に申し訳ありません」
女は、また同じことを言う。
そして濡れた着物を脱ぐ音も聞こえてくる。

「どうにもなるものでもない」
「ただ、同じ部屋で寝るだけ」
「それが見知らぬ男と女であるだけ」
俺ににも「男としての気」がないわけではない。
しかし、隣で寝ている女には、全く「その気」が起きない。
何しろ、俺には「不釣り合いなほど」、女の品が高い。
声をかけても、話題も何も合わないだろうと思った。
そうなれば、身体を重ねるなど「ケダモノ」でしかない。
そんなことを考えていると、旅の疲れなのか、眠くなってしまった。
そして、ウトウトを始める。

異変を感じたのは、夜半すぎ。
女のシクシクとした泣き声が聞こえて来たのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?