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ウソと正直

正直すぎると死ぬことさえある。
終戦後の食糧難時代に、ヤミ食糧を絶対に食べないという主義を押しとおして、とうとう栄養失調で死んだ判事がありましたが、あんまり人の同情を呼ばなかったのは「正直」という考えと「死」とが直結するような例を見せられて、みんな気分が悪くなったからです。
このごろは、あのころに比べると、自称正直者がずいぶんふえたらしい。
「曲がったことは大きらい。生まれてからウソをついたことなし」などという人が又出て来た。
というのは、このごろは食糧も豊富で、正直で死ぬようなことはなくなったからでもあり、人間は忘れっぽくできていて、ウソをついたことなど自分に都合のわるいことは片っぱしから忘れてしまえるからでもある。

※三島由紀夫「不道徳教育講座」より


現実問題として、正直だけでは、愚直だけでは、この世は渡れない。
「ウソをついたことは一度もない」そんなことを言う人のほうが、よほど嘘っぽくて信じられない。
ウソを勧めるわけではないが、人間世界からウソを一駆逐するなど、あり得る話ではない。
「ウソを信じた貴方が悪い」と言われる前に、アヤシイ話はもちろん、もっともらしい話についても、簡単に信じないことも大事である。


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