隣の祐君第93話祐君の部屋で、玉鬘談義(5)
私、菊池真由美は、次第に自分が「博多女」とか「ようやく憧れの都内住まい」とか、どうでもよくなっていた。
とにかく、祐君の話を聞いて、それで「一人の人間として、考えてみる、感じてみる」が、とにかく面白い(知的興奮?そんな意味で)。
こんな経験は、今までの高校生時代にはなかった。(受験勉強のための知識獲得と、ちょっとした読書・・・中途半端な筋を追うだけのことしかしていなかったし)
だから、祐君の次の話が聞きたくて仕方がないのである。(祐君は、私と純子さんのレベルに合わせて、話してくれているのは、気づいていたけれど)
祐君は、スラスラと説明をする。
「光源氏自身が、夕顔の死を隠していたこと」
「その意向に沿って、右近も玉鬘の近況をはっきりと源氏には伝えていなかった」
「玉鬘一行との偶然の出会いの報告だって、ありのままには伝えない」
「あやしき山里になむ、として筑紫育ちも隠す」
「光源氏も、玉鬘のもとに直接訪れていないから、女房が足りないことを把握していない」
つい、「ほお・・・」と祐君の話に耳を傾けていると、純子さんが発言。(なかなか、しっとり声で、あれ?と思った、手強いとも)
「そうなると、親はいない、男君、つまり光源氏も関与しないから、女房が女房を集める」
「しかし。人間的な伝手とか、コネがないから、市女つまり女房斡旋業者かな・・・を通じて、金だけで動く人をスカウトするしかないと」
私も、純子さんに続いた。
「もうどうしようもなくて、場当たりとか、その場しのぎで」
「だから、頼りないような女房も玉鬘の所に来ても、目をつぶると」
祐君は、軽く頷く。(可愛いお人形さんみたいだ)
「それでも、六条院に迎えてからは、光源氏はさすがに細かく管理をします」
「玉葛の美人の噂が広まって、求婚者が出て来る」
「しかし、いい加減な女房がいい加減な対応をしてしまえば、つまり金で転んだりすれば、玉鬘に不名誉な、不幸な事態が起こらないとも限らない、それと、そんなことが起これば、世の誉れ高い自分にも六条院にも、もちろん六条院の他の姫君にも傷がつき、世間の笑い者になる」
純子さんは、腕を組んだ。
「うーん・・・大変やな・・・光源氏も」
私も、祐君の詳しさに、また感心。
「すごいなあ、祐君・・・源氏を暗記しているみたい」
祐君
「もちろん、求婚者との対応を担う女房は、光源氏から厳しく指導されるか、それなりの素養ある人が選ばれていたのですが」
私は、そっと口に出してみた。
「それでも、弁のおもと、という人が、髭黒と玉鬘を」
純子さんも、頷いて続いた。
「よくわからない人かな、でも、光源氏の指導を受けていれば、髭黒との仲立ちはしないはず、だから光源氏との関係は薄い」
祐君は、また、スラスラと、少し長めに話す。(でも、何となく疲れ気味)
「光源氏が、その価値を認めなかった女房と思うのです、素養に欠ける、教育してもモノにならないとでも」
「髭黒に大金を積まれたから、そのまま玉鬘の部屋に・・・と」
「光源氏の名誉とか権威より、金を選ぶタイプ」
「実利を優先する人、あるいは実は、髭黒の女だったかも」
「完璧であるべき六条院も、やはり、どこかに綻びがある」
「優秀な光源氏も神ではない、管理しきれなければミスはある、残念ながら」
「その管理しきれない原因も光源氏自身にあるし、金で転ぶような程度の低い女房しか選べない玉鬘の弱さも貧乏さも、夕顔を死に追いやって隠してしまった光源氏に責任が無いとは言えない」
「その意味で、源氏物語の世界は、奥が深い」
純子さんは、祐君を見て、柔らかに笑う。
「本当だね、源氏って、話しだすとキリがない」
私も、珍しく頭を使って、疲れていた。
「はぁ・・・すごいなって思うけれど・・・」
「今日は、これくらいで」
祐君は、ホッとした顔。
「ありがとうございます」
「言い尽くせなくて」
純子さんは、やさしい顔。
「せっかくだから、私の実家のお菓子を食べて」
その後は、三人でお菓子とお茶。
私
「また、続きを」
「次は、博多のお菓子を」
純子さんは笑顔。
「うん、面白いね、こういうの」
祐君は、「はい」と小さな声。
やはり、疲れ気味だ。