密告
密告は、異端審問制度の成立以来、審問官が熱心に奨励したことである。
異端審問規定によると、14歳以上の男子、12歳以上の女子には、異端を密告する義務があり、この義務を怠ることは「間接的異端」とされた。
尚、親子、夫婦、兄弟、師弟、主従の互いの密告例が数多い。
スペインの有名な異端審問官エメリコの「異端審問官の指針」によると、
「異端に関しては、弟が兄を、子が親を告発することは、全ての倫理学者が是認することである」
「親が国家の敵となった場合に、その子が親を殺すことは正しいことである」
「そして、異端告発の場合は、その《《数倍》》正しい」
※「異端審問官の指針」:異端審問官エメリコ(ドミニコ会士)が、14世紀後半に著作、長らく異端審問官の教科書となった。
例①
被告ウルスラ・ケンプ(独身女)は、アリス・ニューマンと共謀して近所の娘二人と人妻一人を妖術で病気にさせ、死に至らしめた。
その犯行を密告したのは、その息子(私生児)8歳だった。
1582年、イングランド 母親は絞首刑。
例②
被告シスリヤ(人妻)が妖術により他家の穀物倉と穀物を焼失させた。
密告したのは、その息子二人で、それぞれ7歳と8歳。
年代不明 おそらく、生きながら焼き殺された。
尚、審問規定による密告の年齢制限は守られていなかった。
また、親を告発した子は、異端者の家族として本来は受ける処罰を免除される特典があった。
そして、被告は、密告者の氏名について極刑の最期になっても、知らされなかった。
(密告を奨励していた裁判官の配慮のため)
前出の異端審問官エメリコは、「密告内容の信ぴょう性において、その密告を立証できなくても、密告者は決して処罰されない」と語っている。
それにしても、実の息子が、本当に母親を密告するのだろうか。
しかも7歳から8歳なのである。
そもそも、「被害」にあった家からの、告発でも、密告でもないのに逮捕、極刑となっているのが不自然である。
(尚、各犯罪事実は、異端審問官の創作の可能性が高いとされている)
(密告の有無は不明)
(密告も異端審問官関係者の創作かもしれない、子供を脅かして、頷かせただけ)
(真相は、今となっては不明である)
そして、魔女として断罪され、極刑になる母親を、目の前で見る心理は、どのようなものであったのか。
絞首刑も無残、しかし生きながら焼かれ死ぬ母親を見るのは、どれほどのものであるのか。
極刑に臨みながら、自分を見つめる我が子を、母親は、どのような思いで見ていて、死んだのだろうか。
しかも、まさか、自分の子供に「密告」されたとは、知らされていない。
自分の「密告」のために、母を目の前で殺された子供は、その後、どんな人生を送ったのだろうか。
尚、魔女狩り人として著名なフランスの治安判事ニコラ・レミー(1530~1616)は、魔女として生きながら焼かれ死ぬ母親の姿を幼い子供に見せたうえ、その幼い子供を裸にして3回鞭打つのを常とした。
しかし、彼は晩年、痛切に後悔したと言われている。
「幼い子供に、寛大過ぎた」
「子供も焼くべきであった」
「魔女を撲滅するには、悪魔の血を受けた子供を生かしておいてはならなかった」