忘れっぽいことも、才能のひとつかもしれない
北海道に住んでいた頃のこと。
車で近所のスーパーに買い物に出かけたにも関わらず、買い物終わりに車を忘れて徒歩で帰ってしまったことがある。(自分で書いていてゾッとする。)
買い物を終えて外に出たら、ひどかった雨風がやんでいて。澄んだ空気にピカピカ光る太陽の光があまりに美しくて、そのまま気持ちいいな〜と歩きだしてしまったのだ。(なんの言い訳にもなっていないけれど。)
「忘れる」というとどうしてもネガティブなイメージがあるけれど、でもわたしは、「忘れること」は、神様が人間に与えてくれた素晴らしい能力じゃないか、とも思う。
だって、わたしたちは「忘れる」ことができるから、過去の悲しい出来事・嫌な出来事・苦しい出来事にとらわれずに、今を生きることができるのだから。
つまり執着を手放して、今を生きられるということ。
執着をなくすためには「忘れる」という能力は必要不可欠、だよね。
昔テレビ番組で、ある芸人さんがタモリさんのことを語るひとコマがあった。
なるほど、と感心した。
その後、よくよく調べてみたら、タモリさんがこんなことを語っている記事を発見。
本当にその通りだなと思う。もちろん、反省することが必要な場合もある。タモリさんが言いたいのは、反省の仕方を間違えないということだろう。
反省とは、過去に起きてしまったことは仕方ないと受け止めて、「じゃあ次はどうする?」と未来に向かって改善策を考えること。
それができたら、すぐ忘れる!
「あのときこうしていたら…」
「これさえなかったら…」
とグルグル考えても仕方がない。
起きてしまったことを悔やみつづけたり、自分を責めつづけてもなんの意味もないのだ。
でも、それを無意識にやってしまっている人は多いと思う。
わたしは、というと、車を忘れて帰るくらいなので、何でもすぐ忘れるタチだ。
仕事での失敗も、あまり引きずることはない。だいたい寝たら忘れる。
でも、夫をはじめ、わたしのまわりには記憶力の良い人が多すぎて、自分の忘れっぽさをダメだと否定していたこともあったのだけど、今は、わたしにはそれだけ「今ここ」に集中できる才能があるということだ、と都合よく前向きに捉えることにしている。
過去にとらわれすぎないこと、まだ見ぬ未来を不安に思いすぎないこと。
限りあるいのちの時間だからこそ、今ここにある幸せを感じて生きることが何より大切なんじゃないかな。
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