胸にしまってる 光と影
「どうか、どうか……」
去年の今頃に見た、その祈りのようなpostがずっと胸に引っかかっていた。
現役ドラフトで千葉ロッテマリーンズから旅立つことになった、佐々木千隼へ向けられた惜別のメッセージ。
古巣マリーンズで愛されて来たんだな、期待されてきたんだな。
そうだよね、だって大切なドラ1だもの。
そんな感じで少しだけ分かったような顔をして、これからやってくる新たな仲間に想いを馳せた。
……なんにも分かっちゃいなかった。
本当になにひとつ、分かってなかった。
結局人間は自分の体で受けたことのある痛みしか理解できない生き物なんだろう。
◇ ◇ ◇
現役ドラフトは開催されるその意図に沿って選手を送り出すのであれば、ドラ1を迎えることもあり、当然その逆も起こりうる。
それを十分に把握していた上でも、思ってもみない名前がそこに記されていた。
かみちゃ???
愛され右腕の現役ドラフト移籍、なんて見出しのニュースがタイムラインを流れていく。文字は読めるし意味も分かるんだけどね、ちょっといろいろ置いて行かれている。思うより早くリンク先を開く。
打席でのモノマネ、ファンフェスでの漫才、公式TikTokでのドキュメンタリー風動画・プロジェクトBayでのナレーター
サービス精神旺盛な彼は、そういった所で注目されることが多くて。
うん、そうなんだ、そうなんだけど。
上茶谷大河という選手の魅力。
どうして応援したくなるのか。
そういう話がしたいんだよ。
送り出す時くらいはさ、いちばん強く惹かれた瞬間について話したいんだよ。
◇ ◇ ◇
「グラウンドの上で嘘のない選手」
あなたが見て来た上茶谷大河というプロ野球選手は、どんな選手ですか?
もしもそんな風に問われたら、こう答える。
俺が出したランナーちゃうし、と開き直って
一心不乱に、ストライクゾーン目掛けて投げ込んでいる瞬間。
神様なんてどこにもおらんわ、と言い出しそうな顔でテンポを早める。
そんな時のかみちゃに敵なんていない。
相手打者はカットボールを捉えきれず、スライダーの上をバットが空を切る。
あえて雑に言うけれど、迷いなく腕が振れている時はいい顔してんだよね。
勇敢な、きりりとした、相手を射るような、そんな表情。
彼がいい顔をしている、そういう登板が見られるとそれだけでも球場に来て良かった、と思わせてくれた。
◇ ◇ ◇
かみちゃの実直さは、ふとした瞬間にも表れる。
最後に横浜スタジアムで彼の登板を見た、10月3日の試合。
先発ケイが5回3失点でマウンドを降りた後、その後を託された。
回跨ぎもこなして2回無失点。
ベンチの要望にしっかり応え切って、マウンドを降りた時。
グラブを外すと、表情が変わった。
伏し目がちに、少し悔しそうに口を引き結んでいる。
そしてキャップのバイザーで顔を隠すように深く俯く。
反省、後悔、鬱憤。
その全てを己に向けているような。
2回無失点、何をそんなに、と思ったけれど。
内容に納得いっていないんだろう。
どちらのイニングも走者を背負い、自ら四球も与えてしまった過程はあった。
結果良ければ、と見ているこちらは思うけれど。
本人の中で度し難い部分があったんでしょう、おそらく。
そんな表情も隠さないから、この選手に嘘はないんだとより一層感じる。
だから、
その表情をすぐに心の底にしまって、見慣れたおどけた顔をしてバックを守ってくれた森敬斗に感謝していたのもまた、彼の実直さが見せるやさしさなんだよね。
私が見て来たかみちゃは、ずっとグラウンドの上で嘘がなかった。
いい顔も、そうじゃない顔も隠さない。
隠した方がいい場面もあったかもしれないけれど、その実直さがいい所だから惹かれたし、気持ちを何度も揺さぶられる存在だった。
まだ過去形にしたくないんだけど。
というか、別に過去のことにする必要なんてない。
かみちゃは変わらずかみちゃなんだから。
勝手にこちらが応援させて貰えばいいだけ。
そして身に纏うユニフォームの色が変わっても、その実直さはどうか変わらないでいてほしい。
そのままのかみちゃを愛してくれるファンが、新天地にもきっとたくさんいるはずだから。