「地図が読めない」んじゃねぇ、読まないんだ。俺たちが歩いた後ろが「道」になる、違うかい?
こんにちは、まいばるです。人生という道に迷い続けて随分遠くまで来てしまいました。
昔、地図が読めない人あるあるで"地図を回しがち"というのがあった。
令和世代の皆さんは何を言ってるか分からないかもしれないが、昔(紀元前)地図はパピルス紙に記されており、地図読めない勢は進行方向に合わせてパピルスをぐるぐる回していたのだ。
ではGoogle マップが普及した現代、地図読めない勢は何を回しているのかというと、おそらく自分が回っている。
なぜなら私がそうだからだ。Googleマップのコンパスの向きに合わせてその場でグルグル回るのだ。街中でいきなり4回転アクセルを飛ぶのは少し恥ずかしいが、仕方が無い。
私の頭の中の消しゴム
先日、相方がX(旧姓Twitter)を私に見せて「これは本当か?」と尋ねた。
相方は地図が読める側の人間なので、地図読めない勢の頭の中がどうなっているのか、地図読めない代表取締役兼CEOである私の意見を聞きたかったのだろう。
私は(何言ってんだ…?)となった。
まず頭の中に地図は無ぇ。
私は地図が読めない人の空間イメージとやらすらも持っていない。そのため目的地に着くまで1秒たりともGoogle マップから目が離せない。
私にとって世界は見えているものだけが全てであり、見えていないものは存在しないのと同義なのだ(コペンハーゲン解釈)。
そして呆れると同時に驚いた。地図が読める人はこんな風に世界を認識していたのか、と。これはもはやハンターハンターでいうところの円(エン)ではないか。ノブナガですら円の範囲は半径4mだぞ。
思い返せば就活時代、私は会社説明会の会場によく辿り着けずに戦う前から負けていた。就職氷河期と言われたあの時代、単純に実力のみで就活が上手くいかなかった猛者である。舐めるな。
だから私は"初めて行く場所"が苦手だ。まず行くまでの労力がヤバイし、辿り着けなかった時は無力感がハンパない。さらに時間制限付きの場合は絶望感がマシマシになる。
もはや何らかの病を疑い出すレベルだが、こんな人間が今は旅系ユーチューバーを名乗っているのだから世紀末すぎる。身分詐称で詐欺罪にあたるのではなかろうか。
↑このように肩書きを昇天ペガサスMAX盛りしているインフルエンサーもいるので、皆さんは騙されないように注意して下さい。チャンネル登録お願いします。
私の道迷いエピソードはここには書ききれないので割愛するが、良い歳した大人が道に迷うというのは、自分が情けなくて自己肯定感がダダ下がりするものである。もし効率的に自己肯定感を下げたい方がいたら道に迷うことをオススメする。
ウォーキング・デッド旅行
では旅行中は一体どうしているのかと言うと、私は相方の後ろで鼻をほじっている。
相方は自他共に認めるGoogleマップマスター(他は私)なので、初めての土地でも難なく目的地に辿り着ける。電車やバスの乗り換えもスムーズで私は鼻をほじりながら付いていくだけでいい。その思考停止っぷりはウォーキング・デッドさながらである。
移動中の陣形は一列縦隊の親ガモ子ガモ・フォーメーションで、歩行中は私があまりに相方の踵を踏むので、彼の踵はすり減って無くなってしまった。
地図丸投げや踵の件については、相方に申し訳なく思う気持ちが無いわけではないのだ。なので時々「さすが旦那!よっ!Googleマップマスター!」とおだてて機嫌を取るのだが、そういう時相方はいつも微妙な顔をしている。
彼にとって地図を見ることは息をするように自然なことなので、褒められてもあまり嬉しくないらしい。確かに「息するの上手いですね!」と褒められても「はぁ」としか言えない。
私はそれを聞いてなんだか深く納得してしまった。人には得手不得手があり、苦手なことはその道のプロに任せておけばよいのだ。餅は餅屋、暗殺は暗殺ギルドに限る。ならば私は彼の苦手分野"センス"が問われる場面で頑張ろう。
なので最近は安心して遠慮なく鼻をほじっている。