【小話】|適量
手にひらにおさまるくらいの、
小さなコップがすきです。
カフェでも、ペットボトルでも、
飲み干すのに時間がかかってしまう私にでも
ちゃんと飲み干せる量だから
飲み干して、
また飲みたくなれば
また注ぐ
適量であることが、落ち着く。
大きなコップにはつい入れ過ぎて
飲みきれないことがあるけど
自分の適量を知っていれば
大丈夫だ
小さかろうが、ちゃんと…
そんなことを考えて、
noteに書いた夜がありました。
ミニマムでちょっとだけ水を飲みたい時に最近よく使っているコップです。
コンビニのくじで当たったガラス製のコップなんですが、箱から出したものの棚に閉まったまま放置してました。
たしか「洗いもの面倒だー」って日に出してから気付くと頻繁に使うようになっていたんです。
なんでこんなにちょうど良いんだろう?
ってふと思い、そして上に書いたようなことを考えてました。
これを書いた翌日。
かれこれ10年以上仕事でお世話になっている方と久しぶりに電話でお話しました。
「思い切りいきなさい。抑えずに」
悩み相談をしていた訳ではないのですが、いつも助言をくれる人生の先輩だったので、話の流れからそんなアドバイスをもらいました。
私は昨日考えていたコップと適量の話をしました。
「自分の適量を自分で決めない」
「自分の評価は自分では出来ない。周りがするもの」
言ってることはもちろん分かります。
しかし、私にとって、“手におさまる小さなコップが自分の適量である” という気付きは前向きなものだったので、なんだか咀嚼しきれないところもあって、、
結果この『小話|適量』は下書きのままになりました。
先日。
数年ぶりに、昔から好きな韓国料理屋さんへ行きました。
いつもはサムギョプサルを頼んでいるのですが、気になっていたプデチゲを初めて頼みました。
そこは、おかわり自由なおかずが数種類も並び、一つ一つの量も多い店でした。
メニューに2〜3人前と書いていた中サイズのプデチゲですが、目の前に置かれたのは「本当に“中”なの??」と疑うような大きさで、
具もスープの量もたんまり。
そこにチヂミも頼んでしまっていたので、満腹を通り過ぎ、食べ過ぎた!!!ってなるほどお腹いっぱいになりました。(ちなみにめちゃくちゃ美味しかった)
最後にお冷やだけもらおうと店員さんにお願いして「そういえばここってジョッキでお水出てくるよね。こんな満腹な状態でそんなに飲めないなぁ...」と思っていたところ、
目の前に置かれたのは、
手のひらにおさまるくらいの小さな銀のコップに、たぷたぷと注がれた冷たいお水でした。
そのちょこんとした様子が、とても愛しくおもえて感謝の気持ちまでも芽生えました。
そしてその翌日。
昨夜の胃もたれもあり、朝昼は少なめの食事にしたのもあって晩御飯に定食屋さんへ行った際には空腹感に襲われてました。
食事前にお水をもらった際、そのスリムで小さめなコップに注がれたお水には物足りなさを感じたのです。
小さかろうが、ちゃんと…
そう思ってましたが、
考えかたに変化が生まれました。
家でも小さなコップは変わらず使っています。
でもそれだけを使うわけでは無く、
ご飯の時はもう少し大きいサイズのコップを使いますし、温かいものを飲む時はマグカップを使います。
だとしたらコップの大きさは関係ない。
私自身もその時々に変化があるのが当たり前なので、その時、その時、自分が注げるものを思い切り注ぎ切る
水が器を選ばないように。
そして適量だと分かるのは、その器を手にしたその時々の誰か。
自分の適量は、自分で決めない。
決められるものではない。