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第35回歌壇賞受賞作・次席作・候補作を読む②

前回はこちら▼


※以下、敬称略

「追憶」/からすまぁ

お名前をみて、からすまぁさんだ! と勝手に喜んでいました。『ヘクタール』(大森静佳)の読書会@ヨミアウを武田ひかさんとからすまぁさんとご一緒させていただいていたのと、第2回U-25選手権で優勝されていたのが記憶に新しかったからだ。からすまぁさんの短歌にはなんともいえない鋭さがあって、いちど脳を突かれたら離れない。
「追憶」は、主体が父親のことを回顧していく流れのなかで、父が登っていた(そしておそらく亡くなった原因となった)山、父の不在、死、喪失、といったモチーフが全体に漂っている。ただ父について詠んでいるのではなくて、記憶を背景として主体自身を掘り下げてゆくような詠み方が印象に残った。

一首一首に主体の生き方や思いのような強さを感じつつ、ときどきふっと儚さもみえる歌の置き方にも惹かれた。

水たまりの中で溺れてしまいそう 鏡を伏せて生きてきたので

「追憶」/からすまぁ


「カストラート」/はづき

はづきさんは京大短歌に所属されていて、会誌の寄稿作品も、歌壇の連作もとても魅力的だった。歌壇に掲載されている作品群のなかで一番好きかもしれません……なんというか、読んでいて、大森静佳さんの歌のような雰囲気を感じとった。身体の描写と、主体である「わたし」、そして「きみ」の存在が絡み合いながら一連をつくっていて、詩情あふれる表現が刺さる。
実は「カストラート」ということばをこれまで知らなかった。選評のはじめに説明されているが、高い声が出るように去勢された男性歌手のことを指すらしい。「わたし」と「きみ」のあたたかだけれど切ない関係性を背景に、歌の一音一音がその少年のままの声で読まれるところまで想像して、最後まで読んでからまたタイトルに立ち返ってくる感覚がすごく良いなと思った。

主体と相手との距離は近いけれど遠い。すこしさみしさもありながら艶のある歌ばかり。

おたがいに隆起のゆるい喉元を前世にふれるようにふれあう

「カストラート」/はづき


「火をよせる」/荒川梢

職業詠という点では「confidential」(乃上あつこ)と共通しているが、全体的に落ち着いた流れのなかで、自我がたまに飛びぬけてくるところが印象に残った。葬儀社で働いている主体の、葬儀前後の実景をもとにした一首一首がリアリティをもって迫ってくる。
選評にあった「露悪的な」表現の出し方についてはたしかに、と頷きつつ、ただ主体の正直な気持ちを歌に乗せたうえで、あえてこのしっとりとした連作のなかに入れるのがむしろ潔くてすごいと思ったし、個人としてはとても面白く読んだ。

それぞれの歌が、詠まれているその景以上の背景や感情を含んでいて、それが連作全体に厚みをもたせているように感じた。この歌の「すっぱい風」がなんともいえない。

「ここでひとり暮らしていました」焼け褪せた畳に立てばすっぱい風吹く

「火をよせる」/荒川梢

ここまでの候補作品は30首全掲載でした。以下4作品は10首のみ掲載です。

「コペルニクス的な」/今紺しだ

今紺さんも京大短歌の方。これまで「こんこん」さんと読んでしまっていた……「いまこん」さんでした。大変失礼しました。さまざまな賞の選考に通過されているようで、すごい。口語と文語のまじったやわらかな歌い方が特徴的で、10首では主体と「君」の淡い関係が詠まれている。物体と心情の描写がそれぞれ細やかなのが印象的だった。掲載されていない20首に、タイトルから連想するような、天文をモチーフにした歌もあるのだろうか、と想像した。

木陰にてふれあう指のかすかなる引力 君と連星になる

「コペルニクス的な」/今紺しだ

「降り積もる文字」/乙木なお

選評を読んで、学術出版の職業詠ということがわかった。紙束(ゲラ)、薄被(ヴェイル)などのルビが振ってある文字、言葉と向き合っていることが切々とわかる歌から、校正校閲の日々に明け暮れる主体の姿が浮かんでくる。主体はくるしいのだろうか。抜粋されている10首にはどことなく鬱屈した雰囲気があり、タイトルの「降り積もる文字」に主体そのものも埋もれてしまっているような印象を受けた。

ギルガメシュを慰む語句は諳んじて貴方のための語彙が浮かばず

「降り積もる文字」/乙木なお

「ナイトフィッシュ」/斎藤君

君さんの連作、実は30首全体を読ませていただいたので、そのうえでの感想になる。全体の展開もとても味わい深いので、いま出されているネプリやPDFをぜひ入手されたい。
ひとりの人間の死に向き合い、それが終わってまた朝を迎える主体がじっくりと描写されている。ご本人には直接お伝えした感想と重なるがあらためて、現実を直視したうえで言葉に落とし込むことに対する並々ならぬ意志を感じた。いかにもそれらしいレトリックに逃げることはせず淡々と、加えて詩情も保ちながら一連を編み上げている。
熱っぽく語ってしまっているが、やっぱり10首だけでなく全体を見られたからこそいえるのであって、ほかの作品も30首掲載されないかな……などとひそかに願っています。

まっすぐにもしもしかめよの律動で押せば二回で折れる胸骨

「ナイトフィッシュ」/斎藤君

「記念日」/木村友

目の病気を患った主体のおそれ、孤独感が迫ってくる連作。10首だけなのに、その切実な感覚がリアルに打ち寄せてくるようだった。いつか完全に見えなくなってしまうのだろうか。これから視野がすり減っていくことが作中で示唆されている。タイトルになっている「記念日」はなんのことなのか、きっと全体を読んだらわかるのかもしれない。

ひとりではいたくなかった網膜の孔に小さなスミレを挿して

「記念日」/木村友

ひたすら思ったことをぽつぽつと書くだけの感想になりましたが、読んでくださった方、ありがとうございます。
それぞれの作品に個性があって、短歌の世界の広がりや深さをあらためて感じることができました。素晴らしい作品を読ませてくださった皆さまに感謝します。
また選考座談会もすごく勉強になりました。当たり前だけれど、選考委員のおひとりおひとりに評価の基準軸があって、それに適った作品が残るという流れを実感しました。文学とはやはり出会いなのだなと思いました。

文学フリマで購入した本などについても、これから不定期に書いていきたいと思います。どうかゆるっとお付き合いください。

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