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[日日月月]5月8日、リンゴの花と畑の落葉、長老の記憶と連なる確信

この連載は…
八燿堂の中の人、岡澤浩太郎による、思考以前の言葉の足跡です。まとまらないゆえとっちらかってますが、その過程もお楽しみいただけましたら

今年はリンゴの花がよく咲いた。

枯れかかった木なのか、苔が生えていて、実が付くことがあっても一つか二つで、すぐ黒くなって、地に落ちる。落ちたあとは草に紛れて見えなくなる。土になったのか、虫か獣に食われたのか、わからなくなって、消える。

ある年は虫が付いた。黒くて細い毛虫のようなもので、無数に集まって白い繭か何かをつくっていた。検索したら、とてもまずいものだった。放置すると木全体が「繭」に包まれて枯れてしまうという。蛾の幼虫とのことだった。

残念だが共存できる余地はなさそうだった。繭のついた枝を何本も切り落とした。落とした枝は焚火にくべた。清々したが、枝を落とされた木は無残だった。

ある年に剪定した。実を収穫したいというよりは、虫が付かないようにしたいと思ったからだった。youtubeで適当な動画を見てやり方を覚えた。上に上に伸びていく枝を、下に下に向けていくという。やってみたが、うまく行ったかどうかはわからなかった。「なかなか思うとおりの形にならなくて」と隣家の長老に言うと、「そりゃそうだ」と笑って返された。

それでも続けた。それでいいのかわからなかったが、やってみるしかなかった。それ以降、虫が減っていった。そして今年、たくさんの花が咲いた。

隣村で自給自足の暮らしをしている細井千重子さんという方がいる。『寒地の自給菜園12カ月』という著書を農文協から出版されていて、地域でメソッドを伝達する活動も続けていらっしゃる。


寒冷地かつ狭い敷地でのノウハウが凝縮している

細井さんが、子どもが通っていた「森の幼稚園」でお話会をする機会があり、たくさんのことをうかがうことができた。知の宝庫だった。もっとも寒い時期でマイナス20℃を下回る、標高1000メートル超の寒冷地で、古から連綿と経験を重ねて築き上げられた、生活の知恵。

その教えのひとつに、不耕起栽培があった。炭素固定の要旨ではない。曰く、「裸地は貧になる」。草を刈り、土を露出させると、畑は貧しくなる。代わりに、落葉や草などの有機物で土を覆うとよい。その下で微生物が息づき、土が豊かになる、と。そんな言い伝えが古くからあるという。結果的に不耕起になったという格好だ。

試してみようと思い立ち、昨年末に落葉を敷き詰めた。例年畑にしている場所と、新たに畑にする場所に、敷地の山林に堆積した落葉を搔き集め、15~20センチくらい積んだ。想像したよりも重労働だった。

冬が過ぎ、春になった。積んだ落葉の嵩が低くなった。試しに少し、掘ってみた。下のほうは、落葉が濡れ、分解されようとしていた。腐葉土のようだった。ほのかに、いい香りがした。

ある日、積んだ落葉を指さして、「これ、よくやったな」と隣家の長老が言った。「昔はみんなやってたんだ。落葉や草をかぶせてな。でもいまは……」。長老は畑を機械で耕し、集落内にある乳牛舎でつくられた牛糞の堆肥を購入して畑に撒いている。「いまはこれだから」。

その言葉に、集落が歩んだ歴史を思う。我が家以外で落葉を積んだ畑を、集落で見たことはない。ただ、そこに善悪を挟む話ではない。すべては、良かれと思って始まったことばかりのはずだ。ある結果を否定することは、善意を拒絶することになる。敵対することなく、共存できないだろうか。

「いやあ、疲れましたよ。これだけ積むのは」「でもな、山が近いから」。そんなやり取りをしたと思う。自分の敷地に山がない人たちは、遠くの山から落葉を下ろして自分の畑まで運ぶことに、どれだけ苦労したのだろう。

この畑で、本当に作物が育つかどうかは、わからない。やってみるしかない。けれども長老の、懐かしさの滲む言葉尻に、「間違ってはいない」と思えた。未知の問いに対する無数の答えのなかで、私には手で触れた経験が、もっとも確信に近いからだ。


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