#14 興梠泰明さん(Backpackers’ Japan・ist - Aokinodaira Field事業責任者/川上村)
見渡す限り広がる超広大な高原野菜の畑の一角に佇む、エントランスを示すサイン。中に入ると景色が一変、一面の森に包まれ、奥に進むにつれて川のせせらぎが聞こえてくる……。
ist - Aokinodaira Fieldはそんなオアシスのような「秘境」じみた場所。なおかつ、キャンプや宿泊施設があるけど、泊まらずにカフェでお茶するだけでもOKなのだから、長野県川上村に2022年にオープンして以来、方々から話題を集めているのもうなずけます。
こんな素晴らしい場所があったとは……ということで、事業責任者の興梠泰明さんに、いろいろと聞いてきました。
編集・取材・構成=岡澤浩太郎/八燿堂
写真=土屋史弥/Studio civility
写真提供=ist - Aokinodaira Field(*)
※インタビューのダイジェスト+αはポッドキャストで公開しています
キャンプ場でも別荘でもない、自然への入口
岡澤浩太郎(以下、岡澤) 取材前にist - Aokinodaira Field(以下、ist)のカフェを利用しに来たことがあるんですが、深い森のなかに小屋(Hut)が点々とあって、独特な場所だなと思ったんですね。普通のキャンプ場ではないし、かと言って別荘でもないし、ましてや村でもコミューンでもない。
岡澤 取材前のメールでは「日常を自然化するような空間」と感想を書かせてもらいましたが、istのHPには「普段の暮らしを自然のなかで」というコンセプトが紹介されていますね。istはどういう流れで生まれたんでしょう?
興梠泰明さん(以下、興梠さん) いろいろな要素が含まれているんですけど、ひとつには、「自然=非日常」だと思ってほしくなかったんですね。
僕らが大事にしている「自然とともにある」という理念を実現するには、まずは普段の暮らしを自然のなかでできるようなコンテンツを僕らのほうで用意しようと。だから自然のなかにつくる空間も、非日常ではなく日常の延長線上にある場所をつくりたかった。
一見、istは「建物もすごく立派だし、デザインも洗練されているし、格好いい」と思われるかもしれません。もちろん僕らとしても格好いいものをつくっていきたい気持ちはありますが、それよりも日常の延長線上にある自然を身近に感じてもらいたいんです。それに、そのほうが来る人にとってもハードルがかなり下がると思うんです。
興梠さん まず、普段の暮らしを自然のなかでやってみる。そのなかで見える自然や感じる心地よさはたくさんあるんじゃないか。その感覚をそれぞれの日常に持ち帰ってもらえたら、「istで感じた心地よさを都市でも感じる」みたいに、リンクする瞬間がどこかであるんじゃないか、と。
岡澤 確かにキャンプ自体、自然のなかで過ごすとはいえ、非日常として楽しむ感覚ですよね。都市から脱出しに来る人が多い印象があるというか。
キャンプやフェスに行って、日焼けして帰って来て、翌日は朝9時から会社に出勤して……って、「なんだったんだ、昨日までの俺は!」と(笑)。まあ私も会社員時代はそうしてましたけどね。自然と触れ合うのはあくまで休み=オフの時間だから、オンとは完全に切り離されていた。
だけど確かに、普段ビルのなかで働いている人たちだってistなら来やすいだろうし、何度でもリピートしたくなる環境だと思います。そもそも、なぜそういう発想に至ったんでしょう?
興梠さん 僕は滋賀県出身で、琵琶湖もそれなりに近かったので山も川もある環境で育ったんです。だから子どもの頃は本当に自然のなかで遊ぶことがたくさんあって。夏は鮎釣りして、家族でキャンプに行って、山に入って、タケノコを採って、それが晩御飯になって……。
そういう暮らしだったんですけど、高校、大学、と進学していくにつれて、どんどん自然から離れていったんです。大学を卒業して上京したんですけど、東京では自然と触れ合うことなんて一切なかった。もちろん、街に木が生えていたり川が流れていたり空があったりするし、それは自然と言えば自然ですけど、いわゆる「ナチュラルな自然」からは遠のいてしまって。
でも、きっと多くの人がそうですよね? 東京なんて、ちょっと奥多摩のほうに行けば山も川もあるし、千葉に行けば海もあるし、1~2時間圏内に自然はたくさんあるのに、それでもなかなか行かない。
岡澤 確かに、昔の自分を振り返っても、わざわざ行こうとは思わなかったですね。
興梠さん それにはいろいろな要因があると思うんですけど、行く理由がないのが一番なんじゃないかなと。
興梠さん 例えば、海に行けばサーフィンができるけど、サーフィンをやったことがない人からすれば、「海に行って何するの?」、「山に行こう」と言われても、山に登らない人からすれば、「何で?」と。
僕はサーフィンや渓流釣り、トレイルランニングをやるんですが、もちろんアクティビティをやっているときもすごく楽しいんですけど、終わったあとにみんなでコーヒーを飲むとか、森のなかでお茶を飲むとか、そういうシーンがすごく好きなんです。アクティビティの過程でみんなと共有する時間や、自分が自然のなかにいる時間が心地いい。
ただ、自然の遊びを知っている人はそういう過ごし方ができると思うんですけど、知らない人には結構難しいんじゃないかと。だったら、そういう場所があれば、もっともっと人が自然にいく理由のひとつになる。だから、森や海に行く入口をたくさん増やしたいんです。しかも、それをポップにつくりたい。
岡澤 なるほど!
興梠さん ただ、最初の企画書では、ラウンジがあって、ちょっとキャンプができて、ロッジがあって、アクティビティができて……って書いていたんですけど、それって何なのか、言葉がなかったんです。
興梠さん 僕はキャンプ場ではないと思っていたけど、グランピング施設でもないし、「アウトドア複合施設」というのもちょっと違う。結局言葉が見つからなかったんですけど、「一番わかりやすい入口は?」と考えたときに、キャンプ場だったんです。
なので「ist - Aokinodaira Field」というキャンプ場としてやらせてもらっているんですけど、その入口をたくさんつくるためにラウンジの機能を持たせたんです。ただキャンプ場をつくるためだけならカフェやバーなんて必要ないですよね。運営する人件費を考えたら、ないほうが全然いい。だけどあえてつくったのは、人と自然の接続点をつくるためなんです。
岡澤 都市と自然を完全に切り離すのではなく、入口や接続点をつくる、と。
興梠さん はい。キャンプだってちょっとハードルがありますよね。「ギアがないといけない」とか。でも僕らがつくったHutなら、身ひとつで1~2日過ごせる。もっと言えば、泊まらなくてもカフェを利用するだけでもいい。窓辺の席に座って外を見るだけでもすごく気持ちいいですよね。
そういう瞬間を味わえる場所をつくりたいんです。そうやって、人と自然の距離を少しずつ縮められるようなことができればいいなと。
ist - Aokinodaira Fieldができるまで
岡澤 そもそもistはどういう経緯で始まったんでしょう?
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