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[mahora 第4号]編集後記

この記事は……
長野県小海町の一人出版社「八燿堂」から刊行する基幹タイトル『mahora』の、各号の編集後記を本誌から転載しました。『mahora』の表現する世界観を少しでも味わっていただけましたら。

前号で「趣味はクライミング」と書きましたが、その刊行から数か月後、当のクライミングの最中に転落して、右足を骨折しました。山の麓から街の病院までドクターヘリで搬送され、そのまま緊急手術。「右脛骨腓骨開放骨折」と診断される大怪我で、この文章を書いている、事故から一年以上経った2021年11月現在、日常生活には復帰できましたが、折れた骨はまだくっ付いておらず、金属の板が脚に埋め込まれたままです。

何とも暗い話ではありますが、これだけの重傷を負うと不思議なもので、私の場合、失ったものよりも得たもののほうが多いように感じられてきます。そのうちのひとつは、誰かの幸せを心から祝福できるようになったことです。事故の前は、「なぜあの人が」「絶対に俺も」と思ったものですが、特に外界から遮断され、すべてが静止したように時間も空間も宙吊りになった病室で2か月近く身動きできなかった間、自分以外の誰かが何かを成したと知ることは、「世界は確かに動いてくれていたのだ」と認識できる貴重な手段であり、私はとても安堵することができました。誰かの幸せは、世界との接点になりました。

もうひとつは、それに付随するように、物事への執着がかなり薄れたことです。骨折をすると当該部の筋肉や腱や筋膜などの組織が硬く固まり、動かしにくくなるのですが、私の場合は右足首から指先の可動域がとても制限されました。当初は足の指すらほとんど動かせなかったほどです。いまは事故前の状態にほぼ戻ってきましたが、おそらく今後、完全に治ることはないと思われます。しかし正直なところ、これ以上治らなくても構わないかもしれない、とも思うのです。むしろこれだけ戻ってくれたという事実がとても喜ばしく、そして、そもそも「治る」とはどういうことなのか、よくわからなくなりました。

いまも毎日揉んだり伸ばしたりしているし、これからもそういう努力は続けますが、かといって結果にはこだわりません。よくなれば、歓迎します。変わらなければ、そっとしておきます。執着は、とても重たい。それはそれで必要なのかもしれませんが、だけど私はいま、この身軽さがとても心地よいと感じます(理学療法によるリハビリでは改善に限界を感じていた右足首の可動域が、秋口から始めた、薬草によるいわゆる温熱療法を旨とする民間療法を試した途端にみるみる改善しだしたことを、追記しておきます)。

さて、この『mahora』という本には特集テーマのようなものはなく、全体像を考えないまま私の直感で記事を決めているのですが、そんなことがあり、また世情も重なったのか、今号には図らずも「命」「生きる」という言葉や、それらを象徴するかのような「子ども」というキーワードが多く登場することになりました。

考えてみれば現在は、生きる力を身に付けることに関心が向いている時代なのかもしれません。つまるところ自然との「共存」の模索も、先人の知恵を振り返ることも、大地に根を下ろすあり方を目指すことも、現代という時代でこれから生きるためにたどり着いた教えのひとつなのだと思います。世界が不確かになったとき、誰かや何かにすがりたくなるのは至極まっとうな反応です。私のように都市を離れ、自然のなかに答えを探す人も少なくないだろうし、都市に留まりながらこれまでやこれからのつながりを信じるあり方も尊い方法だと思います。

ただ誤解を恐れずに言えば、自然にせよ都市にせよ、それ自体が答えなのではないのかもしれないとも思うのです。農だけをとっても、自然農やパーマカルチャーやバイオダイナミック農法などさまざまなアプローチがあって、それらはもちろん、豊かさを求める表現のひとつです。だけど、その先があるのではないかと感じるのです。そうした表現や、それらを通してつながることができる、周囲にある自分以外のたくさんの命は、最終的には自分の心の声に耳を澄まし、それに忠実に生きるための手がかりなのであって、おそらく答えそのものではない。答えは自分の内側にあって、すでに知っているはずだと思うのです。

だから私たちは手作りの儀式を捧げるのだ。その場所を故郷とするために。
――ロビン・ウォール・キマラー

『植物と叡智の守り人』三木直子=訳/築地書館

今号の冒頭で引用したこの言葉は、ネイティブアメリカンのポトワタミ族のひとりとして生まれ、大学の環境森林科学部で教鞭を執る――つまり伝統的な生態学への知識と西洋の科学的知識の両方を併せ持つ女性が記した本の一節にある、もっとも美しい場面のひとつです。政府に土地を取り上げられた彼女たち一家は、夏になると森に囲まれた湖で毎年キャンプをする。彼女の父はある朝、太陽に捧げるために、「なんとなく」「そうすべき」と感じて、自分が挽いたコーヒーを足元の岩に注いだと言います。自然という命への感謝と祈りに似た思い。これからも生きていくという健やかな決意と謙虚さ。それでよいのだという確信。手づくりの「儀式」は美を纏う藝術となり、世界へと開くための窓となる。人間と結ばれた森は、人間に知恵を照らし、人間の内に芽生えた答えを、きっと祝福するでしょう。故郷とはそのように、内なる声を確からしさへと促してくれる場所のことを言うのでしょう。

そのような確からしさへ至るきっかけは、それぞれの人のすぐ近くに開いているものです。愛しい祖父との思い出、遠く離れた異国で家族とつくりあげた我が家、傍らのわが子、圧倒されるほど多様な森の命、闘病を支えたさまざまな出会い、南米の熱帯雨林に遺された生の軌跡、ひとりひとりの内側にある美しい思い、古来より続く小さな集落での日々、残し、直すという営みへの貢献、生と死の循環を表す神話という体系、長く長く伝承される古儀と手仕事――。そんな風景を、今号も記しました。

今号も素晴らしい出会いと再会に恵まれました。東京での対面取材が二度も延期になったり、予定していた企画が頓挫したりと、今号の制作は思うように進みませんでした。そのたびに原点に立ち返り、この本にとって何が大切なのかを考え、私なりに無理がないと思われる選択を重ね、ここまでたどり着くことができました。時節柄、直に対面できたのは同じ長野に住む稲葉俊郎さんだけでしたが、また図らずもインタビューという形式の記事が多くなったのは、偶然ではないかもしれません。本は、さまざまな人たちが出会い、去っていく場です。次の出会いと再会も心待ちにしています。またお会いしましょう。

『mahora』編集・発行人
岡澤浩太郎/八燿堂


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