[日日月月]5月19日、行き詰まる日々に道を示したのは100年後に続く森だった
先日、パーマカルチャーの先生でもある友人たちと、八燿堂とは別に本をつくった。『FOREST GARDEN』という本だ。「vol.1」としたから、続編もつくる。
「フォレストガーデン」とは、いわゆる有用植物だけで森をつくる発想や手法のことを言う。有用とは、食べることができたり、建築やクラフトなどの材になったり、動物や虫の住処になったりすること。つまり、「すべての生き物にとって豊かな森」を指す。
この号ではフォレストガーデンやパーマカルチャーの考え方をダイジェストで紹介している。特に庭づくりをしている人にとっては、森を観察する際の「9つのレイヤー」や、森の遷移の図は、具体的なアイデアを刺激してくれるだろう。同時に迷宮のような沼への誘いでもあるのはもちろんだ。
フォレストガーデンと似たような言葉に「フードフォレスト」という考え方や手法がある。2つを同一のものとして紹介している記事もあるようで、素人庭師の私にはその明確な違いはわからないが、おそらく、自然に対する人間のスタンスの差が、ニュアンスになって表れているのではないだろうか。
今日訪れたのは、山梨県北杜市でフードフォレストを実践する「camino natural Lab」の上原寿香さんの森だった。
instagaram:
https://www.instagram.com/caminonaturallab/
どうやってcamino natural Labのことを知ったのかは覚えていない。ただ知るにつれ、植物をはじめとする生物から世界を見渡し、自分を内省していくあり方に、強く惹かれた。そして手仕事のひとつひとつの美しさに感じる、確信と愛情が際立っていた。
そんなわけで、「いつか行ってみたい」と、涎を垂らしながらinstagramを見ていたのだが、ついに今日、念願叶ったというわけだ。雨だったが、むしろ植物たちが息づいていたように思う。やさしく通り抜ける風の、香りが濃かった。
事前予約したコースの関係で森の一部を見れただけだったが、それでも上原さんは丁寧に、熱を込めて、どういう考えで森をつくっているのかを、教えてくれた。例えばこんな感じだ。
人間は手を加えすぎなんじゃないか
虫のための畑をつくる
100年後にこの森をつなぎたい
森のストーリーテラー。いや、植物や動植物の声を代弁する語り部か。まるで魔女のようだ。なんて健やかな……。
私は以前から有名なパーマカルチャーのサイトや有機農家の畑をいくつか見た経験があり、ちょっとのことでは驚かないはずだったのだが、今日はただただ感嘆してしまった。上原さんの森が群を抜いているのは、タイムスパンの長さと、生命への眼差しを下地にした美学だろう。美しいのだ。しかも、100年というストーリーで。
予約したコースは「植物香水」だった。単に、「野草の香水」という発想に惹かれたからだ。想像ができなかった。
棚に並んだ小瓶から、まず自分が2種を選ぶ。見た目=視覚を頼りに手に取り、匂い=嗅覚を手掛かりにして、自分の感情や感覚と照らし合わせて、反りやウマが合うかどうかを観察する、という感じだろうか。
それが何の植物だかわからないまま、濃い青の花が入ったビンと、天然のリネン布のようなベージュ色をした葉が入ったビンを選んだ。
それを見て上原さんはうれしそうに笑う。……なんでだろう?(笑)
上原さんは、私がビンを選んでいる間、森から野草を摘んできてくれた。直感で選んだという。もちろん、季節や天気によって植物の状態は異なる。その日の、植物たちだ。それを今度は自分で、小さな箱に詰めていく。
四苦八苦しながら箱に詰めている間、上原さんは3つ目のビンを選んだ。そして、それぞれの植物と、その物語を教えてくれた。青い花は「コーンフラワー」。ベージュのは「マウンテンミント」。上原さんが選んだ3つ目は「サフラン」だった。こんな話だった。
上原さんは3種をブレンドしてひとつのビンに仕立てた香水に、さらにイメージを膨らませる。3つの植物の掛け合わせ。物語の交点。それは、「古道」と名付けられた。上原さんは言う、「原点をつないでいく、原点回帰のイメージです」。
衝撃だった。自分のいまの状態に相応しいメッセージだと思えた。
八燿堂を開始して5年。その間に長野に移住した。出版活動を続けるなかで、豊かな輪が広がっているという確かな手ごたえはある。けれども、もう一歩進みたくて、もどかしかった。だけどそれが、輪を単純に広げることなのか、それとももっと社会的にかかわっていくことなのか、あるいは何なのか……。
プリント・オン・デマンドに舵を切ろうとして、何社からも見積やサンプルをもらったこともあった。けれども、自分にとっての意味を見いだせなかった。ならば電子書籍はどうかと歩みかけたこともあった。制作の難易度や市場を考えると有効のように思えたが、どうしても心が動かなかった。
出版の構造と、環境への影響を知れば知るほど、自分にとって何が正解なのか、何が効果的なのか、何が心地よいのか、わからなくなった。どうしたらいいのか。「本」とは何か……。端的に言えば、本をつくることの意義を見失っていた。
見えなかった出口。
それは原点にある。
古の道をつなぐこと。
そう教えてくれたのは森だった。なぜだか、もう大丈夫だと思えた。勇気をもらったようだった。
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