恋心に浸りたくなったら
「推活」という言葉をよく耳にしたり目にしたりする。
残念ながら 私に「推し」はいない。
現実逃避したいとき(どんなとき?)、好きな俳優さんやモデルさん、タレントさんがいればいいのに、、、と思うけれど、特にいない。残念ながら。
既婚者だし、絶対あってはならないけれど、それにしても あぁ素敵と思わず妄想したくなる人もいない。
でも、「あぁ惚れちゃいそう」と思う時がある。
それは、文を読んだ時。
「文体」が、好き。
って、noteで告白してちょっと恥ずかしい気分になるくらい、惚れちゃってる。
体の芯がうずうずするような、うーん、好きなんだよねー。
内容やストーリーじゃなくて「文体」が好きなの。
「他はさておき声が好きなんだよねー」に近い感覚かもしれない。
もしくは「筆跡に惚れ惚れしちゃう」みたいな。
好きに理由はない。
けど、あえて理由を考えてみよう。
・ぼかした表現がない
・わかりやすい
・もし一緒に飲む機会があったら、お酒のせいにして、どんなことを考えているか聴いてみたい
思ったこと、ひらめいたことを 他人が「わかる」レベルにまで 言葉の解像度をあげるために、日々 どんなことを考えているのか、知りたい。
そして、その人たちは 今書いた「言葉の解像度」という表現も 「あーーーそういうふうに言葉にするのね」と思わせる、思考の新しい扉を開くための鍵を貸してくれる気がするのだ。
恋心があたえてくれる瑞々しいオーラをまとってみたいとき、「推しの文体」に浸ってみる。
あ、いま わかった。
惚れちゃう文体の、惚れちゃう理由。
「私にだけ、語ってくれているような気がするところ」だ。
ズキューン。
ナレーションやラジオのお仕事、ニュースリーダーとしてマイクに向かうとき、
生身の人間どうしの1対1をたくさん、そしてお互いの呼吸を丁寧にキャッチボールすることに心を尽くしたい。
といっても、それができないこともあり、悔しい。私の技量の現実をつきつけられているようで悔しい。うまくいかないこともある。でも、たくさんの一対一の呼吸のキャッチボールを大事にしたい。
惚れちゃう文体には 呼吸のキャッチボールがあるんだ。
そして 好きな人の醸す空気はたくさん吸いたい気持ちになるのと同じように 文を味わいたくなる。
いつか一緒にまったり呑むことができたら、、、そんな妄想を抱きながら 今宵も推しの文体に浸ってみよう。