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【読み切り短編】天涯の雀

雀荘「無頼」。タケルは、またいつものように、静かに牌を転がしていた。周りの男たちは勝負に熱を上げているが、タケルだけはいつものようにそこに座っているだけだ。酒の味も麻雀の流れも、もう何もかもが淡白に感じられる。彼がここにいる理由は、もはやそれを考えることさえ忘れてしまったからだ。

「おい、タケル。今夜はどうだ?」誰かが聞いてくる。

タケルは牌を持ち上げ、煙草を咥えたまま答えた。「どうもこうもねえよ。やってりゃ終わる。それで十分さ。」

彼は牌を手のひらで弄びながら、タバコの灰を静かに落とした。しばらくの間、誰も何も言わなかったが、その沈黙がタケルには心地よかった。言葉にする意味なんて、最初からなかった。

「お前、いつもそんな感じだよな。」向かいの男が苦笑して言った。

タケルは軽く片眉を上げてみせた。「まあな。何かを必死に求めたところで、どうせ手に入らねぇ。それがわかってるだけだよ。」

その一言に、誰もが再び静かになった。タケルが持つ無気力な態度には、ただのやけっぱち以上の何かがあった。まるで、すべてを見透かしたかのようなその態度に、誰もが一瞬、言葉を失うのだ。

「お前、昔は何かやってたんだろ?なんか、熱くなれるもんがあったんじゃねえの?」誰かが突然、思い出したかのように問いかけた。

タケルは軽く笑いながら、牌をテーブルに並べた。「ああ、あったよ。昔はな。けど、まあ、そんなのはガキのころの話だ。今じゃ何を夢見ても、全部同じ場所に行き着くだけさ。」

彼は言葉を続けなかった。何も語る必要がなかったからだ。ただ、その言葉の裏に、何度も期待しては裏切られた過去が滲んでいた。彼はそれを言葉にせず、ただ黙ってグラスを持ち上げた。

「何も変わらねぇんだよ。勝とうが負けようが、誰が何を成し遂げようがな。結局、みんな同じとこに行く。だから俺はこうして、座ってる。それでいいんだよ。」

グラスを飲み干し、タケルはまた静かに煙を吐いた。その煙は、彼の過去や未来、何もかもを一瞬で飲み込んで消えていった。周りの男たちは何も言わない。ただ、タケルの言葉をかすかに反芻しながら、また麻雀を続けるだけだった。

その夜、タケルはいつも通り雀荘を後にし、外の冷たい夜風に身を晒した。街灯がぼんやりと照らす道を一人で歩きながら、彼は空を見上げた。何か特別なことを期待するわけでもない。ただ、こうして時間が過ぎるのを感じるだけだ。

「終わるんだよ、いつか。そりゃあ、みんなそうだ。」

彼はそう呟きながら、また歩き出した。どこへ向かうわけでもなく、ただ、歩き続ける。それが彼に残された唯一の行動だった。

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