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【シコイチ】軽率にママチャリで四国一周した話2


三日目スタート、壊れ始める中学生

肌寒さと全身の痒みで目覚めると、青空が広がっていました。エヴァの知らない天井みたいですけど、天井はありません。眼前空。

虫除けスプレーの効果が切れたのか、色んなところに刺された痕があります。これ本当に蚊か?と思うような大きなものもありました。

背中に付いた砂利を払って立ち上がると、全身から汗の不快な臭いがして、ああ自分はチャリで四国一周させられてるんだと思い出しました。

相変わらずの筋肉痛ですが、昨日の朝ほど痛くはありません。それ以上に問題に思えたのはお尻の痛みでした。考えるまでもなく、ママチャリに座り続けたのが原因でしょう。

時計を見ると午前5時過ぎでした。ほどなく全員が起床し、昨日買ったおにぎりを食べて三日目がスタートしました。

走り始めてすぐに尻の痛みが限界を迎えました。軍曹に尻が痛いと告げるのですが「お前一人の我が儘で行程をこれ以上遅らせることはできない」と、スットコドッコイな言葉しか返ってきません。

仕方なく子軍曹に貰ったバスタオルをパンツの中に入れ、余った部分を座布団のようにサドルに敷くことで、何とか痛みをやわらげて自転車をこぎ続けました。

山中を走っているのですが、ほぼ高低差がない平坦な道で、清流四万十川の横をスピードを上げて走りました。ちゃんとしたツーリング用の自転車なら、きっと快適な道でしょう。

景色は美しいのですが、何でこんな場所でママチャリに乗っているんだろうとか、宿題もまだ終わってないなみたいなことを考えていると、病んできそうでした。

思考するとダメだなと頭の中を無にしようと試みた時、突然後ろを走っていたムカイくんがアニソンを歌い始めました。いや、歌うと言うよりも絶叫です。彼ってばそんなキャラだったんだと驚きましたが、前を走っているマツダくんも同じ曲を叫び出します。ああ、彼らもメンタルをやられ始めてるんだなと納得しました。

愛媛県到着

道幅も広く自転車歩行者用の道もある快適な国道を数時間走ると、愛媛県との県境に到着しました。達成感よりもまだこんな場所なのかという絶望感の方が強かったのを覚えています。

愛媛県に入りいくつかの町というか集落を抜けると、それまで平坦だった道が急に上り坂になりました。ツーリング用のチャリに乗った軍曹が、降りるな!立ちこぎで登れ!と怒鳴ります。こいつ本当に後ろからデカイ石で頭どついて、川に落としたろか?と思いました。

必至でこぎ続けるのですが、もちろんママチャリではすぐに限界が来ました。一人、二人と自転車を降りて押し始めまます。最後まで軍曹の後ろ、つまりぼくらの先頭でこいでいたシモカワくんも、ついにチャリから降りました。そして彼はそのまま立ち尽くすように動かなくなりました。

追いついたぼくらが何をやっているのだと確認すると、七分丈のズボンから伸びた彼のふくらはぎに、拳大の水ぶくれが出来ていました。痛みはそれほどでもないが、中に水が入っているのが気持ち悪いと、シモカワくんは説明しました。固まって止まっているぼくらに、軍曹が罵声を浴びせます。街に出たら薬局に寄ろうと声を掛け、ぼくらはチャリを押して坂道を登りました。

ようやく頂上に着き、小休止となりました。足を気にしているシモカワくんに気づいた軍曹がやって来ました。水ぶくれを見るなり「そんな中途半端なズボン穿いてるからや!」と怒鳴りました。そして驚いたことに、ふくれた皮膚を破るように引っ張ったのです。

その瞬間、水ぶくれから結構な量の液体が飛び出しました。さらに軍曹は皮を引っ張って引きはがしました。シモカワくんは「痛ぇな!」と叫びました。

彼は大人しい生徒だと思っていたのですが、その口調や軍曹を殺してしまおうと言い出す発想から、最初に想像したキャラクターとは違うのかなと思いました。

軍曹はシモカワくんの言葉遣いには反応せず、中途半端なズボンだから皮膚が擦れて水ぶくれになったんだと告げました。何回か水ぶくれは出来るだろうが、その度に皮を剥がせば段々皮膚が強くなって痛みは消えるから我慢しろと言い放ちました。

小休止を終えると、急な下り坂となりました。11時くらいに、ぼくらは宇和島に到着しました。

みすぼらしい20世紀少年たち

宇和島城を観光して、そこで昼飯にすると軍曹は言いました。お城近くの店で弁当を買ってもらって、ぼくらは城に向かいました。

宇和島は今まで見た中では大きな街ですが、歩行者はあまりいませんでした。ただすれ違ったり信号待ちで隣になった人たちの多くが、ぼくらに奇異の目を向けるのが少し気になりました。

ママチャリ軍団が珍しいのか?と思いましたが、すぐに原因が分かりました。

ぼくら中学生全員が汚いのです。

汚いというか、みすぼらしいと表現した方がぴったんこな感じでしょう。五人ともが二日間着っぱなしの汚れた衣服の上に、今朝は洗顔だってしていません。尻に敷いたり前カゴに入れてるお揃いの白いバスタオルも、汗と垢と排ガスでお世辞にも綺麗とは言えないシロモノです。映画や社会科の資料で見たことのある、1960年代や70年代、昭和の子どもみたいな格好でした。

そんなガキが五人も汗だくでママチャリに乗っていたら、ぼくだって「何やコイツ?」という眼差しを向けていたでしょう。自分たちの身なりに恥ずかしくなって、ぼくらは俯いて城を登りました。

弁当を食べて城を見学したら、また出発です。昨日、一昨日は雲の多い天気だったのですが、今日は文字通り真夏の陽射しでした。

駐輪場に戻ると、すぐに乗れないほどサドルやハンドルが熱くなっています。とめどなく汗が流れて、計画的に飲めと、山中の雑貨屋で一人1本買って貰った1リットルのお茶も、残り少なくなっていました。真面目に身の危険を感じ始めました。

宇和島市街を走っていると、ホームセンターがあり、少し買い物していくと軍曹が言いました。冷房の効いた店内に入れるならと、ぼくらは黙って従いました。入り口近くで涼んでいると、すぐにレジ袋を下げた軍曹が戻ってきました。

奴が買ってきたのは、歯ブラシ五本と歯磨き粉一つ、そして三着一パックになってる白いTシャツでした。もちろん一人三着ではなく、一着ずつシェアするために、二パックしか購入していません。そしてこれまた一人一枚のパンツでした。

そんな物よりも目を惹いたのが、五つの麦わら帽子でした。日射病にならないようこれを被れ!とぼくらに渡します。薄汚れた服に麦わら帽子、いよいよ昭和の子どもライクな見た目になりました。反論とか拒否する気力もないぼくらは、素直に麦わら帽子を被りました。

この日も日没近くまでぼくらはママチャリをこぎ続けました。途中パンクが二回あったので、思ったほど距離は稼いでないような気がしました。

二夜連続野宿

小さな街に入ったところで、軍曹が今日はここで泊まると宣言しました。すぐに目に付いた弁当屋に向かうのを見て、今日も野宿なのかと絶望的な気分になりました。

軍曹は地図を見ながら住宅街に向かいます。ぼくらが到着したのは、小さな児童公園でした。

公園には水飲み場がありました。ぼくらは上半身裸になって、順番で頭から水をかぶりました。人目を気にしているような状況でもありません。

さすがに全裸にはなれませんが、軍曹からシャンプーを借りて、洗えるところは洗いました。買って貰った新しいシャツに着替えると、少しだけ生き返ったような気がしました。

Tシャツを洗ってママチャリのカゴに干したあと、ぼくらは地べたに車座になって弁当を食べました。「俺が学生の頃は、駅で野宿とか出来たんやけどなぁ!」と、軍曹だけが一人ご機嫌で喋っています。シモカワくんは「駅で寝るとか乞食かよ」みたいなことを呟いていますが、軍曹には聞こえてないようでした。

初めての職質

食事後、数日ぶりに歯を磨けました。全員、何度も何度も磨いていました。満腹になると睡魔が襲ってきます。ぼくらは思い思いの場所で横になりました。ぼくは滑り台に持たれて眠りにつきました。

しかしすぐにぼくらは威圧的な声で起こされました。

目を開けると赤色灯が回転しているのが見えます。ぼくを起こしたのは制服の警官でした。近隣の住民が通報したのでしょうか?二人の警官はぼくらが子どもだと分かると、何をやっているんだと詰問口調で訊いてきました。

この騒ぎに少し離れたベンチの上に寝袋を敷いて寝ていた軍曹も起きてきました。大人がいたことで、警官の態度は少し改まったものになりました。

軍曹は自分は教師で彼らは教え子、四国一周のサイクリング中だと告げているようですが、どうも信用されていないようでした。

当然でしょう。まともな自転車は一台だけで、あとはすべてママチャリなのです。すぐにもう一人、スクーターに乗った警官が合流します。二人が軍曹に対応し、一人はぼくたちに本当に高知から来たのか、彼は教師なのかと尋ねます。

マツダくんが聞き取りを受けていると、シモカワくんがぼくの隣にやってきました。「あいつなんか知らんって言えば、帰れるんじゃね?」と彼はぼくに耳打ちしました。「俺ら、拉致されたも同然やん?暴力振るわれるから従うしかなかったとか言えば、あいつ逮捕されてクビになるでしょ?」と彼は続けました。

ぼくが考えつきもしなかった発想をするシモカワくんの顔を見るのですが、冗談を言ってるような雰囲気ではありませんでした。恐らく彼はぼくさえ味方につければ、あとのマツダくんやムカイくん、ドイくんたちはすぐに掌握できると踏んだのでしょう。

しかしそのプランはあっさりダメになりました。

一番真面目そうなマツダくんは、なんと生徒手帳を携帯していたのです。軍曹が持っていた名刺と免許、さらにマツダくんの生徒手帳で、少なくともマツダくんは軍曹の生徒だと思われてしまいました。さらに警官はマツダくんの自宅に電話をかけ、母親から担任とサイクリング中だとの確認も取り付けてしまいました。

ただ警官たちは、この公園で野宿はできないと宣言しました。ここは野宿をする場所ではないし、中学生がいるのだからどこか宿に泊まれと、至極真っ当なことを軍曹に告げます。

もちろん脳味噌まで筋肉の我らが軍曹は食って掛かります。公園で寝てはいけない根拠はなんだと詰め寄っていました。

残念ながら牧歌的なこの児童公園には、ボール遊びをするな、たき火をするるな、テント建てるな、寝るな、みたいな、住み慣れた大阪の公園ではお馴染みの、無粋な看板はありませんでした。

警官はとにかく危険だから宿に泊まれと言います。軍曹はそんなカネはない、そこまで言うなら警察署に宿泊させろとまで言いました。豚箱でも野宿よりはマシそうでしたが、軍曹の態度に警官たちは諦めたようでした。

対話という当たり前のコミュニケーションが取れない軍曹相手に、これ以上説得しても無駄だと思ったのでしょう。ぼくらに明日は雨だから気を付けてと言い残して、警官たちは去っていきました。

国家権力も頼りになんねぇなと呟いて、シモカワくんは寝ていた遊具の中に戻っていきました。ぼくも滑り台に横になりました。警官たちの言葉通り、見上げた空は雲が厚く、星は見えませんでした。

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