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【感想】九つの、物語

今まで読んだ中で一番好きな本は何か?と聞かれたら、私は間違いなくこう答える。
「橋本紡さんの 九つの、物語」

主人公は大学生のゆきな。彼女の前に、何の前触れもなく長く不在だった兄が現れる。
料理上手で、本が好きで、社交的な兄。自由奔放な兄の登場に戸惑いながらも、ゆきなはそれを徐々に受け入れていく。
けれど兄妹で過ごす日常は長くは続かない。
ゆきなが思い出した、長く兄が不在だった理由。
そしてゆっくりと、ゆきなの中で日常が壊れ始める。

私は、穏やかに進んでいく日常物語が好きだ。
胸キュンな恋愛より、胸が熱くなるような青春より、日常を紡いだ温かい物語がいい。
そこにくすっと笑えるような展開とか、テンポのいい会話なんかが入っているとなおいい。
この 九つの、物語 は、兄妹のテンポのいい会話がある。
そして、人間が持つ危うさや、脆さ、誰かを愛おしいと思う気持ちが詰まっている。

ゆきなの兄は料理好きなので、作中色んな料理を作ってくれる。
どれもとても美味しそうで、お腹が空いているときに読むと辛い…。
中でも一番キーとなる料理は、トマトスパゲティだろう。
色んなスパイスを使った、兄特製のトマトスパゲティ。
作っている時に格言も飛び出したりなんかして、兄のご機嫌さが窺える。

一見すると、とても優しくて温かい物語だ。兄妹特有の仲のよさが垣間見えたりして、ほっこりする。
でもそれだけじゃない。
温かいだけでも、優しいだけでもない。
兄妹が仲良くしているだけの物語ではない。
悩んだり苦しんだりもがいたり諦めたくなったりしながら、今日を精一杯生きている人達の物語だ。
だから、ゆきなと兄以外の登場人物達も、全員が愛おしくなる。

本を読んで、ご飯を食べて、誰かと語り合って、出来ることなら誰かを愛して、そして愛されて
そうやって1日を積み重ねていくことの大切さを、生きることの尊さを教えてくれるとても素敵な物語だ。


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