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1年半ぶりにヨルダンに戻りました!
2020年3月・・・
コロナによる国境閉鎖の影響で緊急帰国となってから、早いもので1年と7ヶ月。
あの時は、まだ2、3ヶ月後にヨルダンに戻ってこられると思っていたのが、こんなに長くかかるなんて…。
今となっては、あっという間に時間は経ったように思えるけど、ヨルダンに戻ることを考えなかった日はありませんでした。
そして
2021年10月下旬・・・
「ようやく」ヨルダンに戻ってくることができました。
どうしてそんなにヨルダンに戻りたかったのか
そもそもヨルダンという国は、私にとっては未知の国でした。
何かと危ないニュースで話題になることが多い中東にあるし、イスラム教のこともよく分からなかったし、ヨルダンに行く前までは「私はヨルダンで死ぬんじゃないか」なんて思っていました(笑)
そして初めてヨルダンに赴任されて間もない頃、コロナが流行り始めた。
街中を歩いているだけで、「コロナ」とか「ファッキュー」とか言ってくる人もいて、正直、外を歩くのが怖くなった時もありました。
だけど、自分のしんどい気持ちを勇気を出して周りの人に話したときに、私の気持ちを理解してくれるヨルダン人、パレスチナ人がたくさんいました。
毎日通勤の時に乗るバス、私は「アッサラームアレイクム(こんにちは)」って挨拶をして乗りこんでいました。すでにバスの中はほぼ満席で、たくさんの人が乗っているのに、誰も返事をしてくれませんでした。
それが、毎日挨拶を続けているうちに、最初は一方通行だった私の挨拶に、だんだんと返事を返してくれる人が増えていきました。
職場からの帰りのバス。行きも帰りも20分くらいバスに乗ります。ある日、ふと隣に座った女の人が「外の景色きれいよね」ってしゃべりかけてくれました。
そうやって、どこにも日本人がいなくて、ヨルダン人パレスチナ人の中にぽつんと一人だった私が、少しずつ周りに受け入れられていくのを肌で感じました。
人種、言語、宗教、考え方、価値観、こんなにいろんなことが違う人たちとも、分かりあえることができる、気持ちを通じ合うことができるんだと実感するような出来事がたくさんありました。
同時に、もっともっと彼らのことを知りたいと思いました。
私が働いていたのは、ヨルダンの中にある難民キャンプ。
ある日いきなりパレスチナという自分の国から追い出され、難民となってヨルダンに住むようになった人たち。
その人たちは毎日何を考え、何を求めて、何を必要としているのかがもっともっと知りたいと思うようになったのです。
彼らのことを知るのに、4ヶ月じゃ全然足りなかった。まだまだ知らないことがたくさんあるから、ずっとヨルダンに戻りたいと思っていました。
実際にヨルダンに戻ってきて…
成田空港から飛行機が離陸するとき、ずっと待ち望んでいた瞬間だったので、密かに嬉し泣きしました(笑)
そして戻ってきたヨルダン。
なんと緑の少ない風景なこと(笑)
見渡す限りの砂漠色の景色。
どこからか聞こえる、街中のクラクションのうるさい感じ。
どこでも気にせずタバコを吸うおじさんたち。
カルダモンのコーヒーの匂い。
そこらじゅうにいる猫。
街並みに溶け込むアザーン。
そんな一つ一つの些細なことがすごく懐かしくて、とっても感慨深かった。
これからこの国で2年間過ごしていく。
大切に、大切に時間を刻んでいきたいと思っています。
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