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 三人の記憶:藪の中①~小鹿先生と荒鷲先生~【少年小説】

「黒田君…」
「小鹿先生、なんでしょう?」
「ちょっと、昼休みに少しだけ時間とってくれないかしら?」
「いいですよ。午後の授業の前の10分くらいなら、だいじょうぶです」
「ありがとう。黒田君、この間の模試、すごくよかったみたいね」
「ええ、なんとか志望校をかえずにいけそうです」
「大山先生も、黒田君なら大丈夫って言っているわ」
「ええ、ありがとうございます」

私は、県立のある高校の国語の教員をしている。20代後半の女性教員は、いまの高校にはあまり多くはない。初めて赴任した高校で、すでに4年ほど。進学校であまりやんちゃな生徒は多くはないけど、女子生徒はクラスで1学年に50人足らず。シャイな生徒が多いこともあるけど、子どもじみた反抗的な大人をからかうような態度の生徒も少なくはない。

私は大人しいタイプだし、叱ってもあまり生徒を威嚇するタイプではない。少し舐められることもある。典型的な文学少女だったせいもあって、話題は豊富とはいえない。だから、女性生徒含めて、まじめな子たちとは関係がよいが、どうも生意気な男子生徒は得意とはいえなかった。

私は高校3年生の副担任をしていて、受験という難題をかかえ、神経の休まらない毎日を送っていた。しかも、もう12月になってしまった。

進学コースの生徒たちは、受験勉強には熱心だけど…国語の科目の中の読書感想文や作文は、小論文が入試科目にないひとたちにとっては気の入らないもののようだった。

それでも先日、授業内で読書感想文を1時間内で生徒に書いてもらった。作文の入試があるケースも考えてのことではあった。題材は芥川龍之介の「藪の中」だった。

提出されたある生徒の読書感想文が、ここのところ頭の片隅から離れないでいたのだった。その生徒の名は「天方くん」。

うちのクラスの天方くんは不良だとかヤンキー的な問題児ではなく、裏問題児として教員たちの間では扱われていた。真面目で、1年生のときは成績優秀者として表彰されたくらい勉強ができた生徒だった。

しかし、2年生以降どういう理由なのか無気力な態度が目につくようになり、成績も落ちていった。

ただ、彼には得意科目があって、英語も国語もある程度とれるおかげで、地理Bが偏差値を上昇させたために、私立大学ではまあまあのところが狙える。とはいえ、どこか愉快犯に近い「たちの悪い性質」が社会対応が困難なのではないかと思わせた。

担任の緑川先生も心配していた。しかし、彼の父は教育者でもあり、実際に際どい悪事をはたらくこともないので、放置されてきたともいえる。

その天方くんの読書感想文は「藪の中における三分の一からの考察」というタイトルで…まったく藪の中の感想文とは関係のない内容が書かれていた。


要約すると「同級生の黒田くんは小学5年まで同じ小学校の幼馴染みであった。高校入学のときに懐かしい顔をみてまた同級生として過ごせることがうれしかった。しかし、天方くんが話してもこちらが期待した反応もなく、両親と祖父母の不仲で失われた子ども時代や故郷を取り戻すどころか、永遠に失われてしまった」という内容だった。

よく読むと、センシティブな性質を自虐的に突き放すように書いてはいても、仲良くできないもどかしさや悲しさがあふれていた。

いまはもう12月に入って、来月には旅行会社が東京や名古屋などの受験パック旅行の受け付けが始まる。もし、天方くんが黒田くんとの関係を悩んでいるとしても時期が悪かった。


今は2年生の国語を担当している荒鷲先生にそうだんすることにした。

「う~ん、なんか痛々しい文章だけど、なげやりな感じだね。天方本人ももうこの年齢だから、無理に仲良くはできないってことは受け入れてるんじゃないのかな?」
「でも、国語の授業中にこんなこと書きますか?もし先生が書いたとしたら、どんな気持ちで書きますか?」
「う~ん、あいつはよくわからないとこがあって、臆測でしかないけどね…やはりさあ、小鹿先生にかまってほしいんだと思うよ。たぶんおれが担任だったら書いてないと思うよ」
「それって…恋愛感情とは違うものでしょうか?」
「う~ん、もっと幼児的、いやあいつが失われたって書いてる小学校時代っていつのこと?」
「小学5年までの関係みたいですけど」
「小鹿先生、天方は嘘つきなとこあるでしょ?だったら黒田くんにこっそり聞いてみたら?黒田くんは個性的だけど、作文とかは作家みたいなの書くからな。天方よりは大人だと思うよ。この時期はた迷惑なことするよ。天方ってやつは」
「荒鷲先生は彼が好きではないの?」
「目付き悪いし、なんか黒魔術とか好きらしくて儀式をやってるって噂があるらしいよ。そういえばあいつギターやっていて、三角形のおかしな形のエレキギター弾いているってのをきいたことがある。ヘビーメタルっていうの? ジャケットが悪魔趣味のレコード、彼が持ってるのをみたことあるよ」
「彼がですか?」
「角刈りがちょっとのびたくらいの髪形でヘビーメタルってのはバランス悪いよね」
「荒鷲先生、結構毒舌なんですね」
「こっそり付き合ってる愛しい同僚の先生が親身になっててちょっと嫉妬しちゃったって思ってくれたらいいよ」

小さい声で荒鷲さんが耳打ちした。
うれしかったが、やはり副担任の身でもあり、無視はできないと思った。

荒鷲先生のアドバイスに従って黒田くんを呼び出したのはそういう経緯があった。

「小鹿先生、どうしたんですか?」
「うん、実はね天方くんのことなのよ」
事情を簡単に説明した。

「そういうことなら、先生、もう少し時間とって話しましょう」
「でも、受験もあるし、あまり精神的にわずらわしいことを伝えるのもね。ごめんなさいね。話さないほうがよかったかしら?」
「僕も彼のことで誰にも言いたくないことがあったから…先生、よかったら昼休みパンにするんで、一緒に昼ごはんたべながら、少し話しませんか?」
「うん、じゃあ明日の昼は私もパンにして進路相談室を借りるから来てくれる?」
「わかりました。でも、進路相談室で昼食べていいんですか(笑)」
「まあ、内緒でね(笑)」

【つづく】

©2023 tomasu mowa



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