たまり
いつものランニングコースに野うさぎの死体が転がっていた。車に轢かれたのだろう。暗くてよく見えないが、黒い溜まりのようなものが広がっていた。
「何にもないのだ、あいつには」
3時間前に見た暗い日本映画の科白が脳内でこだましていた。
手を振り、足を踏み込む。
どうして私はあんな男と付き合っていたんだろう?
たまりはすぐに過去になった。
枝垂れた柳が小さく揺れて、視界の隅へと消えていく。柳は貞操観念の強い男の独り言のような醜い囁きを繰り返している。気持ちが悪い。彼らは黄昏れることにしか能がないのだ。
明日からはこの道を走るのをやめよう、私はそう決断した。水道工事の看板で折り返し、家に帰った。手探りでスイッチを探す。電気を入れると灰色の妖精が数匹、室内を飛び回っているのが目に入った。羽根に光が当たってキラキラと輝き、綺麗だった。
しばらくして気がついた。そういえば帰り道、野うさぎの死体が消えて無くなっていた。私はマグカップに残ったわずかなカモミール茶を飲み込むと、そのまま深い眠りについた。