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本のこと(3)『バスは北を進む』

久しぶりの投稿になります。
今回は、寒くなってきたら無性に読みたくなった、こちらの本を紹介します。

せきしろ『バスは北を進む』幻冬舎文庫(2019)


昔から錆び付いたものや古びたものが好きでした。

公営団地の錆びた螺旋階段や、雨で色が落ちた軒先用テントや、洗ったら逆に汚くなりそうなコインランドリーが好きでした。

あたりまえにある、誰かの生活を支えてきた、なんでも無いものたち。

それらを、特別に好きで愛着が湧くものだと自覚し始めたのは、おそらく、せきしろさんの書く文章に出会ってからでした。


又吉さんとの共著『カキフライが無いなら来なかった』幻冬舎(2009)の、せきしろさんの自由律俳句や、エッセイを読んだ時
初めて読んだのに「ああ、これは知っている」と思いました。

せきしろさんの文章の中には、自分の中に存在していたけれど言語化できなかった感覚が、びっしりと敷き詰められていて、
独特の柔らかい言葉が、直に身体に浸透してきて不思議です。

それから、自分の生活の周辺にある、なんでも無いものたちが、たまらなく愛おしくなりました。
自分にとって大切な出会いだったと思います。


この『バスは北を進む』は、北海道東部「道東」で過ごした日々のことを中心に綴られたエッセイです。

子供の頃の話から、大人になってからの話まで、
そんなことまで話しちゃっていいのですか、と聞きたくなるようなことが、とつとつと並んでいます。

どれも、静かで、密やかで、素晴らしいのですが、
「ふたりの友達」と「少年と虫」はギリギリ心臓を鳴かせながら何度も何度も読んでいる特別な話です。

未だに
子供の頃の自分の行動を、ふと思い出して、その残酷さや恥ずかしさに「うわー」と声をあげてしまう時があります。
多分それは死ぬまで付き纏うのだろうと半ば諦めてすらいます。「黒歴史」とは違う、もっともっとささやかなこと。

そういう、
大人になれば、忘れてしまえるだろうと思ってたことを、
未だに忘れられないでいる自分が恥ずかしい。

でもこの本を読むと、そんな自分を少しだけ肯定してくれるような気がするのです。



私は冬に北海道を訪れたことはありません。
寒さに慣れていない自分が、軽い気持ちで訪れてはいけないのでは、とビビっているからです。
だからこの本を読みながら、経験したことのない寒さや白さを想像して、頭の中で楽しむことにしています。

想像がうまくいったら、薄い上着を1枚羽織ってみたりします。それぐらいが心地良い。


これから、冬が近くまできた気配を感じるたびに、この本を鞄に入れて、暖かい場所まで持っていって読むのだろうと思います。

私の本棚の中で、季節や気温と関わっている数少ない本です。

未知の土地と、尊い日常と、過去の思い出とを繋いでくれる、特別な作品。
是非、冬が来る前に、読んでみてください。

風邪に気をつけて
軽やかな冬支度を
楽しみましょう。


渡部有希

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