Review#22:Encore (John Graham)
アメリカのマジシャン&メンタリスト、John Graham(ジョン・グラム、でしょうかね。グラハムでも良さそうですが)による「マルチプル・セレクション」と呼ばれるカードマジックのプロットを扱った本です。
John Graham自体はほとんど知らなかったのですが、彼はVanishing Inc.社から"Stage by Stage"という本を出しており、そこではショーの構成の仕方やトリックをいかにショーアップしていくか、といったことが語られているそうです。持ってないので確認できないのですが。(現状、絶版です。)
元々は"Stage by Stage"に入れようとしていたものの、本のテーマに合わなかったために入れなかった原稿だったようです。しかしながら出来がとても良いことから、周囲のマジシャンやVincに説得され、それを単独で販売することにしたとのこと。それゆえに、1ルーティンで総ページはたった35ページです。ハードカバーにした理由がよくわかりませんが…。この分厚さならソフトカバーの方が全然嬉しい。
そんな薄手のハードカバー本の内容は、クロースアップおよびサロンの演技でのマルティプル・セレクション(多くの観客にカードを選んでもらい次々と当てていくもの)が1アクト解説されています。John Grahamが演じる場合には18分程度の演技で、解説中では16回のクライマックスがあるアクトとなっています。
マルティプル・セレクションとは
結論から言うと、結構よかった。そもそも、マルティプル・セレクションについては、私はあまりポジティブな印象を持っていませんでしたが、これなら演じてみてもいいな、と思えるもので考え方が変わりました。
マルティプル・セレクションに対してポジティブな印象を持っていなかった理由は、以下のようなものがあります。
基本、演技が長くなるのでダレる
自分のカードが当てられたら飽きる
観客が現象が思い出しにくい(「なんか色々当たった」程度)
そんなたくさんの枚数をあてるような人数がいるシチュエーションがない
1~3については、お前の演技力の問題だろ、というツッコミはまさにおっしゃるとおりです。マルティプル・セレクションを実際にペットトリックとしている著名なプロマジシャンも多いのは事実。適切にやればReputation Makerとなるようなトリックなのは間違いないのです。が、上記のような理由、およびハードルがあります。相当なショーマンシップを求められるのは間違いありません。4についてはアマチュアですからね、まぁ4枚程度が限界でしょう。
Conjuring ArchiveにはMultiple Seletion Routineというカテゴリがありますので、興味がある方はそちらも見てみると良さそう。私は今回Encoreを読んで結構考えが変わったので、色々学んでみようと思います。(直近邦訳されたものだと、Denis BehrやJohn Guastaferroの本がリストの中にありますね。)
既存トリックを組み合わせ、最大限の効果を出す
John Grahamの今回の功績は、マルティプル・セレクションというルーティンの中で、既に当てた観客のカードをしっかりと活用していること(彼がはじめてじゃないかもしれないですが少なくとも私は初見)と、簡単なトリック(とマジシャンが一笑に付すようなもの)も組み合わせ方によって一級品のアクトに変わること、を示してくれたことです。
演技自体は6枚のカードを当てていくだけなのですが、次々と当てていく中で、既に当てたカードが再び出てくるなど、伏線回収的な構成になっています。この構成を観客が理解したタイミングで、期待感を高めて観客をノックアウトするTyler Wilsonのアイデアがむっちゃ良いです。しかもテクニックはほぼ不要の状態でこれを達成しているのがクレバーすぎます。
ちなみに、前述した理由のNo.4「そんなたくさんの枚数をあてるような人数がいるシチュエーションがない」というアマチュアマジシャンとしては、4枚くらいしか当てないよ~、と思いながら読んでたのですが、実際4枚までそのままコピーして演じても問題ないくらいの質になってます。手順を覚える上でもそこまでが異様に簡単なトリックですし、この本にたどり着くようなマジシャンは既に履修済みのクラシックばかりなので、そういった使い方もできます。ちなみに、クラシックなトリックを演じる上で某ク◯◯プを使うことによってクリーンさを担保しているのもさすがでした。(敢えて伏せ字にしてます、わかる方だけ分かれば良いので。)
John Grahamが最後の方で延べていますが、これはあくまでJohn流のルーティン構成でありその一例でしかない、"just the beginning"だ、というメッセージも刺さりました。自らのスタイルやスキル、好きなカードトリックを活用して、自分なりのルーティンを作りなよ、ということでしょう。「既存トリックを組み合わせて最大限の効果を出す」こともオリジナリティなんだな、と改めて強く思うなどしました。「編集」とでもいいましょうか、これも立派な創作スタイルの1つですよね。
ということで非常に刺激になりました。新しい「トリック」とか「原理」とかを知りたい方は向いていませんが、ルーティン構成やトリックの組み合わせ方の一例としてはとても刺激的で良い本でした。ハードカバーで単売してるのだけ解せないですがw