Review#16:LA CAMPANELLA (Shimpei Katsuragawa)
日本を代表するマジシャン、桂川新平氏による英語の本です。全日本人マジシャンが「日本語版はまだか!」と思い続けていると思いますが、出る気配がなさそうなので読みました。ところで、なぜか本の感想やレビューが一切ネットに出回っていないです。不思議ですね。
桂川新平さんが素晴らしいテクニックをお持ちで素敵なマジシャンであることは疑いようがない事実です。その彼の作品やテクニックが解説されているということで期待もありました。
ですが、結論から言うと、この本は万人にオススメはしにくい、と私は感じました。ただ、桂川さんの作品を見たことがある人が補足として購入し理解するには十分だと思います。要は、ファンの方にとっては買ってもいいものです。
個別の掲載作品については後述しますが、スペインの影響を強く感じる作品や、高難度なテクニックを組み合わせた不思議な作品、Signature EffectでもあるLa Campanellaも解説されていて、読み応えはあります。ですが、ずっと「このレベルの解説ならば、映像でよくないか?いやむしろ、映像のほうがよくないか?」という考えがずっとチラつきながら読み続けることになりました。あと、解説があっさりなので「なぜそのハンドリングを選択したか」のような、創作背景についての記述はほぼないことも、その理由です。
というのも、例えばピンキーカウントであれば「リズムが大事」なわけですが、本で読む場合にはその速度はぶっちゃけわかりません。Signature PieceであるLa Campanellaも、音楽に合わせて演じるわけですが、どのタイミングでどの現象が起きるかは文章だけではわかりにくい。(というか限界がありますよね)ということからもわかっていただけると思いますが、映像が必須。
ということで、Secret Vol.3やYouTubeで公開されている映像をあわせて見るほうが、イメージも理解もかなり付きやすいです。本単体で理解しろというのは結構厳しいんじゃないでしょうか。(私の読解力の問題だろ、という指摘は受け付けます)
ちなみに、本自体は非常に美しい写真で、ハードカバーなのに開くとそのページで開かれたままになる神仕様。装丁は完璧、飾ってよしです。これは超嬉しい。一方、写真抜けとかあってもったいないなぁと思いました。
前述の通り、随所にスペインの影響を感じるのは、とても勉強になりました。DaOrtizのような雑多なイメージではなく、スマートに計算されたランダムさが作品の中にまぶされていて、こういうapplicationの仕方があるのか、と参考になります(Two in a Millionとか特に!)。また、作品で使われるテクニックは当然の如く非常に高度なものです。その桂川さんのテクニックに加え、クリンプやメモライズドデックなども組み合わさってかなりdeceptiveなものもあります。これは必読でしょう。
同時に、特定テクニックの習作の色が強いものもありまして、それは桂川さんの「死ぬほど練習しろよ」というメッセージのように感じます(笑)
ちなみに、例えばViolin Shuffleは今回は解説されていません。続編や別のリソースの発表に期待したいところです。
おなじみMAJIONさんで購入可能。
掲載作品の紹介
Conjuring Archiveには当然全作品がアーカイブされております。それでは、メモ書き程度ですがご共有。
The Pinky Count
ピンキーカウントのグリップについての詳細な解説です。私はちょっと、違う位置でやってたので気をつけようと思いました。
結局テンポとか速さとかは文章では限界ありますよね…
Estimation Etude
指先のテクニックで枚数をとりあげる練習、つまりスキルデモンストレーションとして見せる作品。意外性もある。
スキルデモンストレーションを見せる際の演出や心構えに関する記載はないですが、演じる際のセリフがあるのでそこから読み取る必要あり。
名前の通り、エチュード(練習曲)の趣が強い。
Piano Production
これは目玉作品でしょう!ムズいけどな!
DaOrtizも少し似たことをやっているよなぁ(At the Table Live 2016のやつ)
Reunited
カードを破ってやるオイルアンドウォーター的現象。
ディスプレイと演出がマッチしていて面白い!
Music, Magic and the Ballet of the Hands
クロースアップマジックに音楽を使うことに関する分析とエッセイ。ノーコメントで。
Hofsimple
スペインらしさを感じるホフジンザープロブレム。
技術的負荷が低い。サクッと演じるのに良いですね。
Midas Monte & Midas Monte II
Vivace Switchという、Versa Switchに近い技法を活用した作品。
モンテといいつつ、最終的に全てカードが変化してしまう!現象とハンドリングだけ見ると、Armando Luceroを彷彿とさせる
Murphy’s Monte
4枚のKを示し、うち1枚をクイーンと交換し、クイーンの場所を追ってもらう。なんと全てエースに変わっている
Assimilation Pause的な話が出てくる。
練習すると混乱しそうw
Naked Ambition
ダブルブランクを使った複数枚でのアンビシャスカード現象
手法に新しい側面はありませんが、見た目の美しさとして、複数の観客がそれぞれ違う色のペンを使ってサインをする、というのは、こだわりを感じる
ダブルブランクを用いることで複数枚カードの扱いや露見しやすいテクニックが見えにくくなっているいることもあり、かなり大胆な手法をとっているのも興味深いです。
片倉雄一さんがクレジットされていますが、なぜかDVDがクレジットされている。New Magic of Japan 1988をクレジットしたほうが海外の人には親切なのでは….。
Royal Ambition
前トリックのレギュラー版。特にコメントなし(制約がある分ハンドリングが異なる)
正直、これをレギュラーでやるなら普通のアンビシャスカードのほうが色々な意味でよい
So Close, but so far: Close-up magic on stage
クロースアップを大きく見せる話。トリックの実例をあげて。スクリーンを活用するときの話などのエッセイ。ノーコメント。
Crimpromptu
Breather Crimpを客の目前でわからないようにつけるやり方。賢い。
これは覚えておいて損なし。
インフィニティクリンプ感あるなと思ったらクレジットで言及されていた
Crimpossible Location
Crimpromptuを使用することで非常にフェアに借りたデックでできるストップトリック
解決策自体は高難度の力技ではあるんですが、フェアであることにこだわり、各種技法やカードの示し方がとてもこだわりを感じる
ミスした時のリカバリー手法が素晴らしいと感じました。むしろ最初からこっちでもいいのでは、というくらい。
In the Pocket
マジシャンが2枚カードを選び、胸ポケットに1枚、サイドポケットに1枚入れる。客に好きなカードを1枚ずつ2人に言ってもらうとそのカードが当たっている。
テクニックの習作感もあるが、エフェクトも強烈。小品ながら学ぶことが多い。
Two in a Million
ブラザージョンハーマンのトリックをベースとしたもの。スペードとハートの1~10のカードを用いて、片方のスートのパケットをマジシャンが裏向きにランダムにテーブルに配り、観客が表向きにランダムに配る。ポーカーチップを2箇所に置いてもらう。そのパケットだけ一致する。もう一度やってみると、全部のパケットで一致する。
手法が極めてスペイン的な要素を感じる。ランダム、カオスを装いながらも実際には計算されているもの、ハンドリングによりランダムさを演出しているものであり、かなりの練習を要する。実際、桂川さんのような方にこれをやられると、追うことも無理だし、疑いようがないものになるとは思う。リズムが重要そう。
Spread Production
リボンスプレッドしたデックから、カードを表替えしていくフラリッシュをすると1枚カードが飛び出てくるプロダクション。ほぼオートマチックにカードは取り出すことが可能。
前段階の準備の何気なさを装うのが難しそう。
Plucky Seven
前出のSpread Productionを用いた同じ数字のカードプロダクション。スムーズに演じることで、非常に鮮やかな印象をつくれると思う、
Hindu False Shuffle
ヒンズーシャッフルのフォールスシャッフル。非常にシンプルで有効なのですが、桂川さんはヒンズースタイルのものを使うのだろうか(笑)
Blindreader
目隠しをして3人の観客のカードを当てる、メンタル的演出のマジック。3枚当てるもののすべて手法が異なり、構造的にも強い作品で、実際にやられたらかなり不思議だろう。
テクニカルなマジックをする桂川さん(そして観客もそのテクニックをわかっている)が、このメンタルマジックをどう演じているのかかなり気になる!
VIVALDI
ヴィヴァルディの「冬」に合わせた、ブランクデックルーティン。桂川さんの作品でパーフェクト・ブランクデック、という作品があるのですが、それを彷彿とさせる作品。ブランクカードにエースが印刷され裏面が印刷され最後はすべてのカードが…というもの。白いカードにハートが印刷されるようすは雪解けを表しているらしい。音楽に合わせて演じるものだからセリフがないと思われます。が、雪解けの演出が言及されていて、どうそれを昇華いしているのかは文章からは判断できません。導入部分の口上などは説明があってもよかったな、と感じました。
ハンドリング自体はそこまで難しいものではなく(他の作品に比べると)、非常に美しいルーティンです。演出のためにデックのカードの色をカラフルにしているのも素敵。
LA CAMPANELLA
本のタイトルにもなっている、桂川さんのSignature Effect。本書の目玉でしょう。いやー、何度見てもうっとりします。好き。
創作背景など気になりましたが、そちらは特に記述なし。あとは某シャッフルを使うと書いてあるのですが上記映像では使っていない(ように見える)気がしています。実際、リズムが崩れそうでどうなんだろう?と私は思いました。訳者のk…げふんげふん
まぁそんなのは置いておいて、これは何回見ても魅入ってしまう。これが解説されているというだけでもありがたいもんです。