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Review#23:ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険 (Florian Severin)

いやー、面白かった…。私はメンタリズムやメンタルマジックは全くの初心者であることと、本自体が少々分厚かったこともあり、自分の中で後回しにしてしまっていた本ですが、やっと読めました。もっと早く読んでおけばよかった!そう思わされるくらい、面白かったです。

本でマジックを解説するならこうあってほしい、という理想の形で、手順と解説だけで終えず、様々な角度から考察や、彼がその手順に至った思考を余すことなく記述してくれています。しかもその内容が鋭いので、読んでいて知的に興奮します。ここまで考えてるのか、と思わされる手順ばかりです。いやむしろ「アクト」と呼んでいいでしょう。

さらに、参考文献リストもとんでもなく充実しています。本書の中では「書肆(しょし)」という見出しになっている部分です。

ジョークが散りばめられており、読んでて飽きないのも素晴らしいポイントです。まぁ、ジョークはほとんどが失礼系だったりポリコレ無視系だったりするので、人を選ぶのは事実です。メンタリストやマジシャンを基本腐してるので、そういうの好きな人はクスっと笑えるでしょう。日本のお笑いで粗品さんとか好きな人は、バチッとハマるかもです(笑)

そしてこれが、日本語で読めるという奇跡。いや英語だとジョークとか理解が厳しい上に、メンタリズムはセリフが重要ですから、これが自然な日本語で読めることには本当に感謝です。加えて本の装丁がマジックの本とは思えないほどオシャレ。実際、これを人前で読んでたら「何の本?」と聞かれ、手品の本と言ったら驚かれました。まぁ、まず縦書きですしね。訳や装丁から、訳者の岡田さんの気合も伝わってきます。素晴らしいお仕事、ありがとうございました。それでいてこの価格は、お買い得。

ということで、悪いことは言いません、絶版になる前に買うのです。

肝心の中身について。内容は全16章+4トリック、全500ページ超えの大作です。しかも英語版やフランス語版よりも収録数が多いそうです。感謝っ…圧倒的感謝…(カイジ風)
基本はステージ、サロンで演じるメンタルマジック集です。私はメンタルマジックおよびメンタリズムは全くの初心者で、知識面も乏しい自覚があります。そういった前提で、プレ=ショー・ワークや即席のサクラ、デュアルリアリティも駆使された手順もありまして、特にそのあたりは詳しくなかったため勉強になりました。ただ、ある程度の基礎知識はあることが前提になっている本なので、中級者向けでしょう。(例えば、ス◯ミギミックとかセン◯ーティ◯、とかの虫食い部分がわからない人は、読んでも厳しいかもしれない。)勿論、現象自体も非常にクリエイティブで、現象を知るだけでも十分学びになります。

褒めすぎている気もしますが、目立ったネガティブな点が見当たりません。人によっては合わない可能性がある、というところでしょうか。(ジョークが苦手だったり、現象のクリエイティブさが行き過ぎていて。人が死ぬ現象とかあるのでw)

ということで中身について、コメントしていきます。
訳者さんおよび査読者の方のブログへのリンクも貼っておきますね!

それぞれの現象を読みたければ以下、きょうじゅさんのブログをどうぞ。


第一章 斯くも脆き空想の檸檬

Super Lemonという製品が出たことにより、再度注目された(気がする)作品。レモンとナイフをマジシャンが持っていると思ったら、ナイフはナイフでなくなり、レモンもレモンでなくなっている、というオシャレ現象。

本物の暗示と偽物の暗示が混ざっているのが作品としても面白いです。本物の暗示というのは演技中でセリフにより喚起されるレモンの酸味で、偽物の暗示はレモンとフォークが別のものに見えるというもの。メンタル系のショーのオープニングにもぴったりですしね。
演技内容だけ聞くとかなり魅力的で演じてみたいと思いますが(技法というより)現象を示すタイミングがかなり難しそうで、相当な練習や場数が求められそうだな、という感想を抱きました。

第二章 浴槽の花婿

現象はともかく、本の後段で指摘されている、現象に「視覚的なフィードバックを与えるべき」という指摘は面白かった。
例えばメンタルマジックは基本的には「考えていることをあてるだけ」だから、いうなればYES or NOで答えてもらって現象が成立するものです。ですが、予言をビジュアルに示す、例えばトスアウトデックのように座ってもらうことで客の視覚に訴える、という手法が有効である、ということは、その通りだなと膝を打ちました。アスカニオがいうところのContrastをはっきりさせるためのひとつのやり方でもあるな、と思いました。
p.61-62あたりのDerren Brownに対するコメントは草

第三章 『もしもし?』

無料のショー開催及びそのアンケートの作り方の解説。トリック解説ではありません。実際のアンケート例も示してくれています。「いくらまでならこのショーのチケットを買うか?」という質問は、価格センシティビティをとらえる質問として実際よくある質問ですが、消費者は安ければ安いほどよいに決まっているので、なかなか良いデータは集まりません。
PSM分析と言われるような質問か、実際今考えている金額を示して安いと思うか高いと思うかを聞くほうが、意味がありそうです。

第四章 夕暮れにベルが鳴る

ベースとなっているのはAdd-a-numberのプロットですが、「足さない」「心の中で思っただけの数字」で当たるブックテスト。Too Perfect Theoryにつながるような考え方をメンタルマジックの中でも論じています。そこが読みどころ。

第五章 きみの頭の中のハエ

めっちゃおもろい。頭にジッパーつけてそこから予言が出てくる。このまま自分が演じられる気はゼロなのですが、マジックを見た観客の印象がどこになるのかとても気になる。実演を見てみたい。マジックの現象が印象に残るのか、マジシャンの行動が印象に残るのか…。ユーモアの重要性についても語られています。挿絵が草。

第六章 エフェクト・オーバーキル

マジシャンは現象を積み上げていく、足し上げていく傾向がある。それに倣うと、メンタリストでも、読心術したあとに予言してた、とどんでん返しの現象を示したくなるが、そうすると読心術のパートは嘘になるやん?という話。このジレンマを、適切な演出で正当化していく手法を紹介。論理的に納得できるが実際演じてみたらどうなんだろう、と気になっています。

第七章 サイコ

むちゃくちゃ良い手順。良すぎるな~と思ってたら、実際これは原著ドイツ語版の時点で最も反響があったと記載がありました。演出、行動、サトルティ、セリフ、現象すべてが噛み合っていて素晴らしい。詳しくは書きませんが、予言のトリックです。このまま誰が演じても良さそうですが、それについては作者が怒ってます(笑)思考を止めるな、考えろ、と。この手順は著者にとっての現状のベストであり、読者にとってはそうじゃないはず、と。おっしゃるとおりです。
加えて、考察が素晴らしくて、こういう意図でこういう作り方になっているとか、手順をつくるときの参考となる視点がいっぱいあります。彼はやはり「違和感をなくす」という作り方をしていますね。例えば「3桁の数字なんてちょっとの時間なら誰でも覚えていられるのに、わざわざメモする理由ないだろ」みたいな違和感です。

第八章 富籤辺獄

ピンポン玉が50個ほど入ったバケツから客に1つ引いてもらう際に、マジシャンが引かせたいと思う番号を引かせることに成功する。次に、客席から特定の番号を引いてもらいたいと女性に念じてもらうと、ステージ上でピンポン玉を引く客はまさにその番号を引くことに成功する、というものです。
訳者の気合を感じる章。とある理由で、そのまま日本語に訳しても目的を達成できないパートがあり、マジックの演技に支障がないように工夫が見られるところが本当に素晴らしい。参考文献もちゃんと追加で載せてくださっている親切設計。
宝くじの番号をあてるという演出についてもしっかり考察してるところが好感。

第九章 シュルームプレダイ

堂々と現象文に事前に観客とコンタクトをとっている、と書いてある通り、プレ=ショー・ワークに関して述べられます。相当多くの視点で彼なりに考察してあり、またオーディエンスマネジメントについても詳細に記載されていて、読み応えある章です。
章の最後に、創作における「現象の核を考え、変数を変えてみること」についての記述がとてもよかった。創作する際にこういう頭の使い方するんですねぇ。非常に論理的な考え方です。

第十章 昨晩のショーの前にアンタが何をしてたか知ってるぜ

いわゆるプレ=ショー・ワークについての論考です。繰り返しになりますが、私はメンタルマジックやメンタリズム自体、ほとんど門外漢ではありますし、プレ=ショー・ワーク自体については何一つ学んだことがない立場ですが、著者のこれまでの経験に基づいた大量のTips、失敗から学んだこと、そして気をつけるべきことを包括的に記載してくれており、実際にやってみてもいいかもな、と思えるくらい充実した内容でした。p.283からのまとめパートがあるので、学習者にとってもありがたい仕様。
加えて前の章の「シュルームプレダイ」でプレ=ショー・ワークを使ってた実例が解説されていますから、イメージも湧きやすかったです。文献情報も安定して掲載されています。ここに最近なら、Asi Windの”Before We Begin”も追加されるんでしょうかね。

第十一章 時間旅行者の妻

演出自体は「演者は未来からやってきた」というもので、非常にチープな印象を受けますが、現象そのものは強烈。客の名前と電話番号が予言されています。メモ帳に書いてもらう上でのTipsや、技法解説、各種ジョークなどがコンパクトに解説にまとまっている章です。メンタリストをむっちゃ馬鹿にしてて笑いましたw

第十二章 コンフリクト解消

コンフリクトが大事、というのと、そのコンフリクトの解決策についての考察。解決策がある程度論理的につながるものである方がいいよね、というのは至極同意します。燃えたお札がレモンから出てくるとか、脈略ないもんね。伏線というか、種をまいておくべきというのと、回収の仕方は観客の予想を上回るべし、という話。マジシャンにより恣意的につくられる現象、演出を「『それから』演出」と名付けて、警笛を鳴らしています。
著者が脚本を学んでいたこともあり、演出の観点からの「コンフリクト」に重点を置いて論じられていました。
ただ、この章の参考文献に52 Loversが出てこないんですね~。

第十三章 まっしろな嘘が鳴り止まない

空のカセットテープのラベルに好きな曲名を書いてもらい、ラジカセにセットして再生。当然何も流れてこないが、その曲名をマジシャンは当てる。次に、Mixと書かれた「どんな楽曲も入っている」というカセットテープをセット。マジシャンは客の後ろで曲名を書いたスケッチブックを掲げる。客が聞こえた音楽を答えてもらうとその曲名。

傑作。いやメンタリズム詳しくないので素人考えかもしれませんが。相当考えられていて、練られた手順である上に、見た目にも面白く(ラジカセがあるとか)これはSignature Trickになるような代物だと思います。しかも、原理をベースにすれば、これを音楽じゃなくて真っ白なキャンバスに絵をイメージしてもらうとか、そういったことも可能。真に、心に浮かべたもの、頭に浮かべたものを当てる芸当になります。
私が現代メンタリズムに疎すぎるからこの感動なのかもしれませんが、非常に感心しましたし、著者の考察の深さと各種理由付けについて、膝を打ちました。

第十四章 モノのサイズは大事

Pack Small Play Bigを痛烈に批判した文章。読んでからのお楽しみで。

第十五章 フェンウィック式臨死実験

前章の内容受けた、著者のアクトの紹介。解説うんぬんより、演出の方を学ぶパートかもしれません。Pack Smallじゃない、ということで、手術台が必要で、加えて外科医の同伴も必要となります(笑)臨死体験をすると鉛直方向に(魂が抜けて)自分が上がって、見下ろすかたちになる、という逸話をベースにしたアクトで、ストーリーも演出も面白いものです。

第十六章 アバダ・ケダブラ

自分に駐禁切符を切った婦警の存在をこの世から抹消する、ということで写真や名前のリストから消え失せる、というマジック。複数の現象が組み合わされたアクトで、これも実際に見たら間違いなく面白いものです。手法解説の中でもいくつか、メンタリズムでよく使う道具の変わったハンドリングが紹介されていて、なるほどこういうふうにも使えるのか、と膝を打ちました。
現象とストーリーは過激ですが、十分他の人向けに演出を変更できる余地がある作品です。

星幽狼<アストラル・ヴォルフ>

シュルームプレダイからプレショーワークを除きつつも、効果が落ちすぎていない、サイコメトリー的な演技。手法が面白いがこれをやる勇気がないので、メンタリストはすげぇな、と思いました。中で紹介されているブードゥーの演技(藁人形使うもの)も非常に面白いです。シュルームプレダイやこの演技を学べたことで、メンタリズム初心者としてはとても勉強になりました。

421 Ⅱ

カードマジック。そうです、カードマジックです。Darwin Ortizのものの改案。手法がかなり大胆です。メンタルマジックではない。

Newsletter Prediction

数日前に客に届いた封筒をあけるとその日の株価やニュースの一面の写真の内容が予言されている。こういうの一度やってみたかったなぁと思っていたのですが、この本の中ではとっつきやすい(演技しやすい)印象を受けました。演じる人を選ばない、というか。(いや勿論著者はあらゆるアクトを自分に合うように変えろ、考えろ、と言っているのは承知の上で、ですが)
手法自体はどこかで見たことがあるなとは思いましたが、非常に巧妙です。

賽は投げられた

6人の客が壇上にあがり、サイコロを降って番号が出た人はステージから降りていく。最後まで残った人が死ぬが、その結果が予言されている、というゲキヤバ現象です。いや本当にそうなってます。とんでもない作品です。手法は新規性は特にないですがもうこの演出とストーリーが全て(笑)

ということでむちゃくちゃ面白かったです。演技を生で見たくなったな~。

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