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Review#10:Letters from Juan vol.2 (Juan Tamariz)

タマリッツ(Juan Tamariz)というマジシャンは、私のマジック人生においてとてつもない影響を与えた人です。
大学入学後、サークルで、FISMに出た先輩からタマリッツがすごい、という話を聞き、当時手に入る映像をいくつか見ました。正直、凄さがあまりわからなかった。エアバイオリンをやるヤバい爺さん、くらいのイメージ。

Air Violin by Juan Tamariz

タマリッツの思い出

2012年、当時まだ私は大学生でしたが、生のタマリッツを手品雑誌Geniiのコンベンション@フロリダで見ることができました。ヤバすぎて、叫んだ。その時に見たのはこのマジックでした。

お客さんをステージにあげ、携帯電話から適当な人に電話し、電話に出た相手に好きなカードを言ってもらう。電話してる客が目の前のデックをカットしたところからそのカードが出てくるのです。

魔法以外考えられるでしょうか?あの衝撃は今でも忘れられません。
そのとき、Total Coincidenceという著名な作品もその時ライブで見ることができました。不思議すぎました。その夜、バースペースにいたタマリッツの即席で演じてくれた手品も魔法でした。信じられないことばかりが起こったんです。

既存の知識では理解が追いつかなくなりました。いや、正確には、私はトリックのタネの根幹部分はわかってます、ある程度マニアなので。ただ、それだけだとどうしても説明がつかない部分があるんですよね。あるいは、それが説明できないように認識させられてしまっているのかもしれません。

そこから、私はタマリッツのリソースにちゃんと触れ始めました。生タマリッツの翌年2013年にSONATA日本語版が東京堂出版より販売されたりFive Points in Magicも翻訳されたり、日本語のリソースにも当たりやすくなったことも幸いしました。2014年にはタマリッツが来日しています。大阪までワークショップを受けに行きました。その後The Magic Wayも販売されて読みました。

それ以降も、アメリカや韓国などで生タマリッツを見る機会がありました。そこで感じることは、文献や映像から得るイメージより、圧倒的にライブで受ける印象が違う、ということなのです。タマリッツの手の内を知っていても、それでも完全に騙されてしまうのです。(※個人的にはDaOrtizも、同様の傾向があるなと思ってます)

その要因は何でしょうか。巧みなミスディレクションにもあると思うし、徹底的な事前準備にもあると思うし、トリックの構造によるものやテクニックの練度というのもあるだろうし。サスペンスとサプライズの緩急によるものもあると思います。それらが複合的に合わさって、とてつもない奇跡(に見えるもの)を目にさせられているように思います。エアバイオリンが悪目立ちしますが、基本的にテンションが高く、時に発声される奇声もうまく使って(あれはずるいw)とにかくキャラとテンションでカバーされている部分も多いのがタマリッツ、という印象です。

思い出話が長くなりすぎました。本題に入りましょう。

全6巻中の2巻目。そろそろ盛り上がりがほしい。

さて、そんなタマリッツによる新作、第2巻が出ました。今回は表紙が黄色です(前回は赤)。前作のレビューはこちらをご覧ください。

今作のトリックは、「フォースしまくる」など力技が目立ちます。それゆえにそういったトリックの秘密の部分だけ切り取ると、人によってはクソ微妙なトリック集と思う可能性が高いでしょう。というか、大半の人にとってはそういう感想なんじゃなかろうか。vol.1の英語圏での感想に「タマリッツの名作は既に本にかかれておりペンギンマジックの策略によりこんなクソトリックを放出させられてるんちゃうか(意訳)」というものがあり笑ってしまいましたが、そう言われても仕方ない部分もある気もします。

このトリック集からタマリッツのエッセンスを搾り取るには、彼の他の作品を見たり映像見たり生でタマリッツを見てたり、という経験が必要なように思います。ちなみに、私はvol.1よりはタマリッツらしさを全般的に感じやすかったです。(特に演出やセリフから)

どこで読んだか聞いたか忘れてしまったのですが、タマリッツはマリニ並に、事前準備ができるときはやる人、という話があります。マジックを演じる場所に事前にいってカードを仕込んでおくこともしばしば、らしいのです。そういう、「事前に仕込んででも不思議なことを起こそう」という彼のマジックへのスタンスが伝わってくる解説もありました。(昔受けたレクチャーでもマリニの名前出してたので、タマリッツは影響受けてるっぽいですね)

最初の3つのトリックは、パワー系とでも言いましょうか、トリックそのものの構造の強さは正直あまりなく、ミスディレクションや演出でカバーしていくトリックです。後段のProgressive Color ChangeとDouble Flyingは、ハンドリングも構造も良いものだな、と思いました。

本書の中で”Assimilation pause”という言葉が何度か出てきます。これなんだっけ?と思ってたんですが、著書”The Magic Rainbow”の中で、効果的な”pause”のうちのひとつとして紹介されていました。
Assimilation Pause の目的は以下のように記載されています。

more sensation of the impossible, more time to assimilate the beauty, more enjoyment and experience of magic

Tamariz, J. (2019). The Magic Rainbow . Hermetic Press. pp.314

なるほどわからん。非常に抽象的ですが、まぁ、ざっくり「マジックの不可能性や美しさを味わい、感じるために必要な間」といったところでしょうか。こういう用語が注もなく普通にぶっこまれてくるので、もう少し初学者に優しくてもいいのにな、と思います。でもこれを知っているだけで、このタイミングでタマリッツは意図的に間を取るんだな、とわかるので、そういう解説になっているのは高評価です。あとvol.1に続きしっかりとセリフが書かれている点もとても良い。演出やドラマの作り方にタマリッツのエッセンスが詰まってますからね。

ちなみに私はThe Magic Rainbowは…積んでおります(伏線回収)。タマリッツ本人もあれは枕だ、と言ってたので(笑)あれ読む未来あるんだろうか。

で。海外レビューを見ると割と酷評されているのが価格です。25ドル/巻でこの内容で、全部で6巻販売される予定。全部で150ドル払うとなるとこの内容はどうなんだ、という指摘が目立ちます。個人的には、タマリッツブランド、と言われたらまぁそんなもんかなと。ただこのテンションで第6巻まで続く場合、途中で脱落する人は出そう。そろそろ、誰が読んでも「さすがタマリッツ!」と言えるようなトリックが出てくるとよいなと思います。まぁ、どんな内容でも私は熱心なファンなので全部買うんですけどね!!!

あとがきで、タマリッツがコロナ感染して入院してたことが判明します。個人的にはそれがvol.2最大のサプライズでしたわ。生きててよかったです、ホント。

なお、本棚に並べて気づいたのですが、地味にHermetic Press名義での発行のようで、背表紙にむちゃくちゃ小さいHermetic Pressのロゴがついています(写真参照)あと、背表紙のタイトルとロゴの位置が1巻と2巻で微妙にずれててストレスです。こういうところの仕事が雑なんだよな、アメリカは!(暴論)

薄い本がLetters from Juan

では、作品紹介行ってみよー!

Decrypting

観客の名前と観客の誕生日が当たる、結構強烈な現象。 演出に価値があるタイプで、非常にパーソナルなトリックになるので、完璧に演じられれば相当な奇跡のように見えるはず。前述の通り、タマリッツはかなり事前準備に力を入れるようだが、その片鱗が見られてよかったです。解説が割と雑な印象を受けましたが。

Suicide Poker

ポーカーデモンストレーション。演出に重点。数理原理とかはありません。ミスディレクションきかせるための策略がぽつぽつと記載があります。スペイン的なずるい策略も。トリックとしては、構造が強いわけでもなく、正直凡庸な部類。ただ、生で演技を見たらぶったまげそうなやつかも。あとなんでタイトルがこれなのかは一切触れられません。よくわからん。

A Suit to Order

お客さんが引いたカードが全部同じスートで番号が一気通貫というすごい現象。リズムと緩急大事そう。レベレーションする時に立ち上がる、などの記載もあって、そういうところを意識するのはタマリッツっぽい。Total Coincidence(Sonata掲載)の解説にも、演技のインパクトの半分はリズム次第だよ、って書いてあるので、タマリッツってそういう感じなんですよね。だからそれを知らずに「トリックは微妙だよね」とか言っちゃいかんと思うのよね。

Progressive Color Change

この冊子の目玉。名前の通り、徐々に変化する様子を見せられるカラーチェンジ。ここで初公開される秘密、tipsがあるが、これは笑ってしまった。ただ、妙な説得力があります。
あと単なるカラーチェンジと思いきや、カラチェン後に敢えてデックの2枚目を見せて、カードをすり替えたわけじゃないことを示すなど、観客の思いつくFalse Solutionを潰してオーバーキルするところがタマリッツらしい。なおこのカラチェンに使えるギャフカードがついてきます。

Impromptu Double Flying

Mnemonica用に作ったトリックの即席(レギュラー)版。(Mnemonica p.102)好きな数字をいってもらって、その数字のカードがデックから消えたり、現れたり。別の観客に別の好きな数字をいってもらうとスプレッドしたらそのカードが表向きに現れる。魔法!
とても実践的なトリック。実は私、一時期Mnemonica版を練習してたんですが、実用上はこれでも一切問題ないと思いました。もし、あなたがレパートリーを探しているならこれが候補に上がりそう。今のところLetters from Tamarizの中では最も実用性高い作品と思いました。

3巻も出たら買います。
なおMAJIONさんでvol.1の取り扱いを開始している模様。

Sonataも売ってますよ。超絶オススメ。

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