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TEDx Frances LarsonのWhy public beheadings get millions of viewsを聞いて

なぜ人は、残酷な処刑動画を見てしまうのか。イスラミックステートの台頭が注目を浴びたとき、多くのジャーナリストが処刑される動画を、多くの人が見たという調査が出ています。私の周りの友人も、見たと言っていました。今日は、人間がなぜそういったものを悪いものだとか、野蛮だとか言いつつも、見てしまうのかという動画です。

まず、首を掻っ切って、人を処刑するというのは多くの人が、原始的であり、野蛮であると考えます。しかし、こういった現象は18世紀や19世紀に現れた公開処刑でも見られます。ギロチンは18世紀にフランスで生まれました。しかし、ギロチンとはその時代の人にとっては、逆に物足りないものだったと語られています。というのも、彼らは、火あぶりや、八つ裂きなどのもっと残酷な刑を今まで見てきたからでした。処刑となると、そこには何十万もの人が集まったといわれます。そう考えると、20世紀に斬首刑がカメラによって初めて撮影されたとき、数万の人が集まっていたことに対して、メディアは野蛮だ残酷だなどと批判したことは、フランスで何十万もの人が集まったことに比べると大したことがないと考えます。そして、人々は昔から、そういった残酷なものを欲してきたといいます。

現代になり、情報を伝える媒体はインターネットとなっています。これは、さらなる人を呼び込みます。インターネットの発展により、人は目の前の現象が現実のものではないように感じられてしまうのです。オンラインで起こっていることは、現実のものとは理解しがたい状況が発生してしますのです。実際に、自殺を煽る言動により、多くの人が自殺を踏みとどまることなく、自殺を実行してしまっています。最近自殺した、木村花さんのSNSにも自殺を煽るような書き込みがありましたね。インターネットは私たちが知っている以上の力を持っていることを認識しなければなりません。それが、良い力であろうと悪い力であろうと。

しかし、この状況に対して、スピーカーは対処できないと言っており、警鐘を鳴らすにとどまっています。なぜなら、人間は昔から、そういった残酷なものを毛嫌いしながらも、実際には興味をもって見てしまう性質があるようなのですから。

ただ、興味にそそられてみてしまうのと、人間がそういった性に抗えないことを認識したうえで見てしまうことには大きな違いがあると考えます。その点で、この動画を見る価値はあったと考えます。

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