8月19日 他人にも主体的に生きてほしいと感じる?

6月から毎日連続で日記を書いて80日を経過した。初期の日記を見ていると本当に短くて考察も甘い。今はどうかと言われれば話を広げることも深めることもまだまだなのだが、書き始めた頃と比べれば少しは成長しているのではないか。

過去の自分のやっていることを見て、程度の低さに驚き、恥ずかしく思うことはある。他者を見ていても同じだ。自分が熟練すればするほど、初心者のやることは幼稚に見えてしまう。趣味の世界でも、仕事の世界でもそうだと思うが家庭人としてもそのようなことばかりでありにける。

今でこそ6時前に起きて洗濯物を取り込み、食器を片付けてから朝食作りと片付けをし、子供の歯磨きまでして家を出ている。が、社会人になりたての頃はマジで何も家事をしていなかった。家事をするという発想がなかった。妻が全て進んでやってくれていたからだ。その6年後くらいから必死こいてたまに朝食を作るようになり、休みに子どもを連れて遊びにいくようにもなるが露骨に不機嫌になったりとマジで家庭人としてレベルが低かったと思う。なんとか右肩上がりで家庭人としての技能も心意気も成長しているとも思う。

ただし、ワタシの人生の目標は豊かに生きることそして家庭人としては家族仲良く暮らすということを忘れてはいけない。決して料理人になりたいわけでも家政婦になりたいわけでもない。機嫌取りのために家事をやっているわけではない。習熟すれば効率良く家事をこなせてかける時間を短くはできるかもしれないが、そのこと自体にワタシの目指す先はないとも言える。


家族仲良く暮らしたい。というのは、家族がそれぞれやりたいことを応援したい、ということだ。

例えば22:30現在、妻はzoomで70人に対してコーチングのインストラクターとして2時間の講演をしている真っ最中だ。家族全員で旅行に行くこともあれば、個人でやりたいこともある。そのどちらもできるだけやらせてあげたい。そのために自分が家事をやることは嬉しいし、進んでやりたい。つまり自分が主体的に活動することで自分の人生の目標を達成したいと願うのと同じくらい、家族にもそれぞれ主体的な目標を持ってそれに向かって毎日を積み重ねるような生活を送ってほしいと思っている。例えば、少し運動不足なんじゃない?健康のために散歩にでも行ってきたらどうだい。例えば、スマホをだらだら見ているなら自分の事業のために読書でもしたらどうだい。とか。

しかし、人は自分の思うようには動かない。

主体的に動ける日ばかりではない。風邪をひいたり、ダラダラしたかったり、何も考えずにスマホばかり見ている日もたくさんある。自分の見ていないところで見えない積み重ねをたくさんしているのかもしれないしね。他人の行動を変えようとすることは必ずしも成功するわけではなく、人はそれぞれのペースや価値観があり、外からの強制や期待ではなく、内からの動機付けが最も効果的。

結局のところ、家族が主体的に生きるかどうかは家族自身の選択に委ねるべきで。ワタシのサポートや理解があれば、自然と自分のペースで変わっていくこともあるでしょう。それまでの間は、ワタシ自身が自分の目標に向かって邁進し、その姿を見せ続けることが最も効果的かもしれませんな。他人の成長を急がず、自分自身が模範となることが、家族全体の成長につながると感じている。


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