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ポンコツ旅行記8 常寂光土で煩悩にまみれる

(ポンコツ旅行記7のあらすじ)
ホテルの朝食には期待していなかったが、予期に反して「京料理」を謳う和食中心、質・量ともになかなかのものであった。安易にコンビニ飯に流れない判断をした過去の自分を大いに褒める。
朝食が終わればいよいよ今回のメインである嵐山・嵯峨野から金閣までいっちゃう欲張り旅スタートであるが、昨今の観光地情勢を鑑みバス移動を回避した関係で、さっそく五条から四条までを徒歩移動して阪急電車へ。嵐山線へは乗り換えであることをうっかり失念して路頭に迷いかけるが何とか無事乗車、だが徒歩メインの旅程なのに右膝の痛みが危険水域にまで達しそうだったので乗換駅の桂にて鎮痛剤投入。一般の市販薬がひざ痛に効くか否か。
阪急嵐山駅を降りて渡月橋方面に歩く。通勤時間の駅への道程度に人が歩いている。本来であればシーズンオフのはずなのに今年はいつまでも暑かったせいでなぜか紅葉真っ盛り、観光客も真っ盛りである。妻の行きたいポイントその1である竹林の小径は修学旅行の中学生がいっぱいで、あたかも朝の通学路のようであった。
途中カフェでアイスを食べつつ膝に休養を与え、最初の拝観場所である常寂光寺に着いた。そこでわれわれを待っていたのは・・・。

常寂光土で煩悩にまみれる

常寂光土とは、永遠で、煩悩もなく、絶対の智慧に満ち溢れたお釈迦様の御座する浄土だという。その常寂光土で遊ぶような風情のある寺として名付けられた常寂光寺の山門の前の朝の情景が今回のタイトルに掲げたものである。お釈迦さまもびっくりする騒がしさ。実は高校の修学旅行でも訪れているのだが、その時はシーズン前だったので本当にその名の通り静かな風情ある様であったというのに…。すべては紅葉が悪い。確かに自分たち日本人もそこらへんに南国の花や果実が咲き乱れていれば同じように狂ったように写真を撮りまくるかもしれぬ。

これでめげていては京都観光はできない。気を取り直して山門をくぐると確かに見事な紅葉があちこちに広がっているが、そこにはもれなく写真に写そうという外国人観光客がついている。消しゴムツールで人を消そうとしたら人が残って紅葉が消されそうな勢いである。明らかに東洋系で、紅葉する樹木があまり生えていない地方の方々であろう。美しい宝石でも見るかのようにうっとりと眺めつつ写真を撮り自撮りをし、2ショットを撮る。常寂光土に煩悩にまみれた人々が溢れている。

常寂光寺のお庭。人の映り込みを避けるにはこうするしかなかった。

常寂光寺は小倉山の中腹に沿って作られているので参道は神社の石段のように上っていくのだが、そのあちらこちらで立ち止まって写真をお撮りになるのであちこちで渋滞が発生する。先日小樽で海の写真を撮ろうとして線路に立ち入り、快速列車にはねられて亡くなられた方がいたばかりだが、観光地で写真を撮影せんとする彼らの執念はすさまじく、はじめのうちは撮影が終わるのを待っていたが、彼らは納得がいくまで何テイクでも撮り続けることが分かったので、そのうち気にせず横を通過することにした。

さすがに多宝塔のあたりまで来ると人がばらけて消しゴムツール不要の写真が取れる状況になったが、ともかくすさまじい人混みであった。京都市内が一望でき、帰り道もまた風情があったのであろうが、人をよけるのに疲れたのでさっさと退散することにする。とはいえ膝に爆弾を抱えているのでそろりそろりと下りる。

次なる目的地は宝筐院ほうきょういん。自分はよく知らない寺だったが妻が調べて行きたいと言った。庭がきれいなことで有名らしいが、調べてみると宝筐院というのはもともと室町幕府2代将軍足利義詮よしあきらの院号で、義詮の墓が宿敵であったはずの楠木正行の墓と一緒に並んでいる。そもそも、敗戦により斬首となった正行の首級が生前交誼のあった住持によりこの寺に葬られていたところ、のち、その住持に義詮も帰依した関係もあって「来ちゃった♡」とばかりその隣に並ばれ、寺の名前まで義詮に取られるとは、正行はどう思っているのであろうか、悲しいかな『太平記』は全く読んでいないのでこの二人の関係性は自分にはよくわからない。“昨日の敵は死後のずっ友”なら良いが、こちらは友達と思っていないのに変に馴れ馴れしくしてくるやつであるのかもしれない。怖い怖い。

ただ、応仁の乱後に衰退して幕末には一度廃寺になったこの寺が、小楠公の墓所であることから明治以後の楠木正成再評価に伴い再建されることになったというのだから全く何が幸いするかわからない(この由来は宝筐院の公式https://www.houkyouin.jp/contents/history.htmlに拠る)。

宝筐院の庭も紅葉の盛り

ここのお庭の紅葉もきれいだったが、常寂光寺ほどにはメジャーではないおかげでそこまでは混雑はしていない。しかしその分じっくりと時間をかけて写真を撮る人が多い。三脚・一脚、大型・中型カメラの持ち込みお断りと明記しているお寺なので一眼レフまではOKらしかったが念のためカバンにしまいスマホ一本となる。というかこういう紅葉の写真みたいなのはスマホの方がきれいに写る(リアルなのかどうかは別として)。静かな環境で心を少し鎮めたところでそろそろ昼飯時が近づいてきた。

嵐山での昼食は友人に勧められた「嵐山よしむら」へ。

渡月橋を見渡すことができる場所に立つ高名な日本画家の方の邸宅だったところを利用した手打ちそばの名店とかで、友人からは人気店なので予約必須であると言われていたが、ググってみると公式ページには「ご予約は承っておりませんので、恐れ入りますが直接店舗まで」とある。ならば直接伺うのみと嵯峨野から嵐山のメインストリートに戻ると昼時だけあって初詣の行列並みの混雑ぶり。ときどきアイスを食べ歩いているカップルとかが向かってくるのでそれをマリオのように避けながらの移動である。

渡月橋の手前を曲がってすぐ、風情はあるが割とこじんまりとした入り口に入ってみるとそこがレジ兼受付らしく、いかにも蕎麦屋の店員であるといういで立ちの体格のいい男性が外国人数名の集団と交渉をしていたのでその後ろで待つことにする。2~3分で前が空いたので、混雑状況を訊いて今後の身の振り方を考えようと思ったら、2名様、お2階へどうぞとそのまま通されてしまった。お昼過ぎの最も混みそうな時間帯なのに、実質待ち時間ゼロで席に着いてしまった。

京都なんだからやはりにしんそばか、という考えも一瞬だけ頭をよぎったが、創作料理などにも力を入れている店なので色々食べてみたいと、ざるそば、湯葉おろしそば、てんぷら丼すべて半量ずつが楽しめる「渡月膳」を注文。2,160円也。平時であれば昼食に支出する金額ではないが、今回は旨いものを食う覚悟なので価格は気にしない。

一番人気の川に面したテラス席ではないが満員の渡月橋のあたりが見渡せて、改めてオーバーツーリズムの恐ろしさを目の当たりにする。これではお祭りの縁日である。たしかに屋台のような怪しげなお菓子やお土産を売っている店も目立つ。嵐山や嵯峨野の風情などあったものではない。でも彼らにはこんな人混みの中、なぜか嵐山名物のようになっているいちご大福を買ってほおばるのが楽しいのであろう。

さほどの待ち時間もなく渡月膳が到着。最初天丼と香の物で、少し遅れてそばが届く。てんぷらがサクサクで、ざるそばもキレがあっておいしかったが、温かくしてもらったゆずおろしそばが上品でよろしおした。

「よしむら」の渡月膳

ふと隣を見ると道中あちこちで見かけた和服レンタルサービスを利用したのであろう若い男女二人連れが席に着いている。どうせ高価な着物ではないのだろうが、それでも自分なら貸衣装を着て蕎麦屋に入る勇気はないなあと感心した。どれだけ細心の注意を払っても汁がどこかにはねるのだ。あれはどういう原理なのであろうか。錦鯉の長谷川さんが食レポをするのを見るたび、真っ白いスーツで麺類など食べたくはないがどうやっているのだろうと見当違いのところに注目している自分なのであった。

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