やめられない理由
玄関のポストに届けられた新聞を取ることから
私の朝は始まる。
県内とその周辺地域のみ配布される地元紙で
かつては
「日本一文字が大きくて読みやすい」
という、
記事数の不足をカモフラージュしたみたいな
キャッチフレーズを謳っていた。
日経新聞がひと月3,000円ほどだった頃、
この新聞はその半分の金額だったから
さもありなん?
小さな新聞社だから過去に
何度も経営危機に直面したと聞く。
世の中のあおりを簡単に受けるのだろう。
この地元紙をやめようと思い始めたのは
もう10年ほど前から。
正直言って、読むところがあまりない。
職業柄、地元の情報を把握するために
続けてはいたが、
「読む」というより
見出しにざっと目を通して終わりで
もったいないと感じていた。
息子たちがTV番組をチェックしている頃は
まだ、それでもいいかと思えたが、
彼らも成人し、スマホ普及で
情報のほとんどをそこから取るようになり
世の中に平行して
我が家でも新聞の役目はか細くなって行った。
かつて自分の店でも
何種類か新聞紙を販売していたが、
ここ何年かのうちに売り上げは
10分の1以下にまで落ち込んでいた。
そして、世の中の状況が
大きく変化した二年前の春、
店の営業時間短縮とともにその販売も終了した。
そんな世相の中、私はいまだ
宅配新聞を続けている。
毎朝、ポストから新聞を抜き取るたび、
(今月でもう止めよう)
そう思う。
それなのにやめられないのは多分、
この新聞の支払いが未だに
「集金」というところが大きい。
毎月月末、うちに集金へ来る方は
おそらく販売店の奥様。
おそらく70代後半、小柄で痩せっぽちで
背もかなり小さい。
「今月もありがとうございました…」
深々と頭を下げられると
私の膝くらいまで縮こまって見える。
彼女は毎月同じ金額の代金で
たまに釣銭を間違ったりする。
マジメな人柄な方だけに、
彼女の恐縮の仕方につられて
つい「こちらこそごめんなさい」と
言ってしまうほどだ。
「今月で止めます。」
このひと言を、彼女を前に
私は何度も呑み込んでしまった。
先月、9月半ばのある朝、
いつもの新聞に手紙が添えられていた。
来月からまた値上げするという
お知らせとお詫びの文書だった。
今回こそはこの値上げに便乗して
「止めます」と言おう!
私だって失業中の身なわけだし、
500円の値上げ、これはもうキビシイ。
自分の状況もちゃんと伝えて
今までのお礼もしっかり伝えて
今月こそ言おうと思った。
玄関のチャイムが鳴って
その日は来た。
いつものように代金を支払い、
お釣りを財布にしまいながら
私は意を決して息を軽く吸い込んだ。
「この度は本当に申し訳ありません!」
私が口を開くほんの一瞬早く、
奥さんはいつも以上に
その小さな身体を折りたたんだ。
「来月からの値上げ、
本当にご迷惑をおかけします…」
語尾が聞こえないほど
身体が小さく丸まってしまっている。
「・・・」
私は言葉に詰まってしまって
何も言えずにいた。
「どうか!来月もよろしくお願い致します!」
奥さんは何度も何度も頭を下げた。
「どこも大変なんですよね~!」
(そう、私も失業中だから大変なの!)
「何とか持ちこたえて下さいね~!」
口をついて出た言葉に誰より自分が戸惑う。
奥さんの目にパッと光が差す。
「ありがとうございます!
そう言って頂けると救われます…
ホントにありがとうございます!
これからもどうか
よろしくお願い致します!!」
しまった…
違う違う!止めるんだよ、私!
いつ言うの?
いっ、今でしょっ⁉
「あ、あの、でも…
500円も上がるんですもんねー」
何とか糸口をたぐり寄せる。
「いえ!460円です!」
奥さんは小さい声ながら
早口できっぱりと言い切った。
「あっ、よん、、でしたねー!…すみません…」
「はいー!では来月、
またよろしくお願い致します。」
奥さんは安堵の笑顔いっぱいに
玄関の扉の向こうに消えた。
と…いうわけで
10月からも朝一番にポストから
新聞を引き抜くというルーティンは
続くこととなった。
今朝は雨模様。
新聞はビニール袋にくるまれて
ポストにしっかり入れ込まれていた。
そうそう、こういうとこも
昔から変わらないんだよなあ…
がんばれ! 〇〇海新聞~~!・・・
…とほほ。
ってことで…
では また。