容疑者母の献身~たね二郎の梅雨~
二男は昔から妙に強気なところがある。
6~7才の頃だったか、年子の兄との口喧嘩の末、自分が二番目に生まれたことを「敗因」と言い、「なんで二番目に産んだんだー!」と悔し泣きし、私もその負けん気に押されて「ホントだねえ、順番間違えちゃったかね~」とつい苦笑いした。
幼い頃はそれがいじらしく思えたりもしたのだが、三十路の今では何気ない会話に滲む負けん気は、いくら母親とはいえカチンと来ることが少なくない。
昨日の朝のこと。
「俺の『puma』の黒のTシャツがないんだけど」
洗い物をしている私の背中に声をかけてきた。
二男はふだん、自転車で15分ほどのところに部屋を借りていて、そこで仕事をしている。でも週の半分ほどは夜になるとこちらに帰ってくる。
その部屋には洗濯機だけがない。
なので、大量にため込んだ洗濯物をいつも抱えて帰って来る。
何度も買うように言ったが、なんだかんだと言い訳をして買わずにいるので二男が帰宅すると「洗濯物が帰って来た」とちょっとブルーになる。
持ち帰ってもいいけど、せめて自分で洗濯してみればとこれも口を酸っぱくして言ったが、表情ひとつ変えずしれっとしているので、そのうち言うのが面倒になってきて結局、私がやっている。
洗うのもお母さん、畳むのも、しまうのもお母さん。
つまりお母さん、自分の衣類と間違えてオレのTシャツしまい込んでんじゃないの?と言いたいわけだ。
「見てないよ、いつから無いの?」
「えー?知らんけど一週間くらい」
「知らんけど」?
えー?ちょっと何言ってるか分からない。
自分のモノをあんたが知らないのに、何であたしが知るわけあんだい。
「あんたのアパートじゃないの?」
「いや、昨日確かめたけどなかった」
「・・・」
こっちこそ知らんがな!と言い返してやりたいけど、代わりに黙って再び皿をすすぐ。
流しに水の流れる音。
カチャッと、食器が擦れ合う。
・・・
「オレ」様はまだ後ろにいる。
洗い物をしている私の後ろから去る気配がない。
背中の圧がすごい。
このままではヤラレる…
いや、私が探すのを待っているのだと察しはつく。
水を止めてしぶしぶ言ってみる。
「…お母さんの方(収納場所)も見てみる?」
「ん」
かぶせ気味の「ん」。当然って感じ満々だね。
オレの『puma』を、母は自分のモノと一緒にしまい込んでる、そう決めつけている。
私の衣類の半分以上は『UNIQLO』で出来ている。
ほぼ『UNIQLO』なんだから、そこに『豹』が混じってればすぐわかるに決まってんじゃん。
内心ぼやきながら、二男の監視のもと、三段ある収納ボックスを上中下と底まで確かめたが、肉食動物など、どこにも歩いてなかった。
「やっぱり」を強調して、紛れ込んではいないことを伝える。
「もう片方は?」
ブスっとした声のまま畳みかけてくる。
収納ボックスは二つある。
「そっちも見ろ」って催促だ。
ああそう。
どうしてもあたしが「犯った」と思うわけだね。
自分の推理は間違ってないと。
まあ私も「うっかり」は常だから、自信あるのかと言われればそりゃ、口ごもるけど、でも「UNIQLO」と「豹」の区別はつくよ。
あたしゃ身に覚えはないんだよ、ホントに。
信じてくれないのかい?
二男の暗黙に促され、その圧に私は少しうなだれ、
二つ目の収納ボックスも三段、底まで全部確かめる。
「やっぱり、無かった」
「やっぱり」を更に強めに言ってみる関の山。
「……じゃ、いいや。出てきたら教えて」
腑に落ちない顔つきのまま二男は出かけて行った。
ジャ、イイヤ デテキタラ オシエテ… ?
何だろう、日本語がわからない。
この後味の悪さ。惨めさ。
お母さんはおまえに何かひどい仕打ちでもしたのかい?
私もそこそこ生きて来て、世の中、そりゃあ理不尽なことがまかり通ることもままあると存じておりますよ。
しかし、「情け」ってもので報われたりするわけです。
人に何か尋ねたり、頼んだりするときって自分も少し、へりくだりつつ~の、インタラクティブな関係性の中で行われるってものじゃありませんか⁉
どうですか⁉
母は世の中に問いたい。
問うて世間さまの正しき一票を得たい!
悶々と洗濯を終え、
悶々の二乗で掃除機をかけながら息子の部屋のドアを開け、ふと収納ボックスの下に目が行った。
コロ付きなので、下に隙間が数センチある。
掃除機をそこに当てながら、少し位置をずらそうとしてコロの動きの鈍さに下を覗き込むと、何か黒い塊がつっかえている。
少しだけ、ずりずりっと引っ張ると、白いほこりをうっすら被ってぐったりした『豹』がびょーんとのぞく。
ほ~、さすがネコ科だ。
こんな隙間に入り込んでたとは…
ほこりだらけのそいつをおもむろに親指と人差し指でつまみ上げる。
確保!!!
私の容疑は晴れたけど、このほこりだらけの豹を洗い直すのはやっぱり私なのよね。そして干し、取り込み、畳み、そして再びしまうのも。
・・・
「あの子は性根はええ子なんです!」
「わかりました、さぁお母さん!息子さんに呼びかけて!」
刑事は震える私の手に拡声器を渡す。
何台ものパトカーと機動隊に囲まれ、立てこもり犯と化した我が息子に届けと、涙ながらに私は叫ぶ。
「たね二郎~っ!お願いだからぁぁ!
もういい加減、自分の洗濯機を
買っておくれ~~~っ!!」
二男のアパートの前で、こんな展開してやりたい!と想像してニヤつくのがせいぜい。
過去記事を探してみると思いのほか、二男はよく登場してます。ある意味、私に貢献してるんだなあと思いました。
「たね二郎」ってマガジン、作ろうと思いました(笑)
今日はこの辺で
(たね二郎、ざまあ味噌せんべい!w)
では また。
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