「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉑~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
”巨大寺院”に入門。
「賢彰」率いる兄弟子集団と、波乱に満ちた修行生活を送る。
心通う少年、「空昊(空)」と出会う。
巨大寺院に訪れた隣国の僧、「碧海」と出会う。
隣国寺院からの査察団の一人として碧海尊師が巨大寺院に来て。
勉強会を開催してから、ほぼ一年が経った。
巨大寺院内は再び、修行に励む僧の寺院となっていた。
勉強会に僧を増やしても、さわり無いと判断をしたのだろう。
碧海尊師は、勉強会に新たに入会したい者を募り、試問する日を設けた。
まず、会に所属する僧達により、隣国語の理解を問われた。
多くの志願者がいたが、ここで大半が脱落した。
続いて、仏典に関する試問。
慧光は両方の試問に合格した。
そして、いよいよ碧海尊師も交えての最終試問へと進んだ。
数人の僧達の一番最後に、慧光は試問を受けた。
矢継ぎ早に、会の尊師達から問いが出される。
一つ一つ答え、時に先の回答と繋ぎ合わせて、答え。
それは、これまでで一番難しい試問であると感じた。
ましてや、全て隣国語で答えないといけない。
臆する心が、無いわけではなかった。
しかし慧光は、これまでの積み重ねには、自信があった。
この試問は、自分が然るべきところへの扉となる。
そう信じ、誠実に答えていった。
おもむろに、碧海尊師直々、慧光は問いを受けた。
”慧光殿。『慈悲』とは何ぞ。貴殿より、うかがいたい。”
その瞬間、目の前に居並ぶ僧達が、一つの像となった。
その像は慈光をたたえた姿で、慧光を見つめている。
御仏だ。
強い力が満ちてきた。
なんという幸せ。直々に我の話に、耳傾けてくれているとは。
我は、空の塵だった。
我は、生きる力漲る男性だった。
我は、風だった。
我は、社会的抑圧を一心に受けた女性だった。
我は、海だった。
そして我は今、慧光である。
仏に向かい、慧光はこれまで全ての自らが体得した、
「慈悲」についての考察を、隣国語で語った。
仏の傍らで、笑みを湛えている碧海尊師。
慧光は、碧海尊師にも、自分のこれまでの経験、旅を共有した。
そして、その魂に、そっとたずねた。”貴殿の、旅は?”
「慧光殿。我々の旅は、一つ。思い出されたか?」
碧海尊師が、答えた。
そうだ、一つの旅。
思い出したことの嬉しさに、慧光は目が熱くなる。
同時に、驚いた。
なぜ碧海尊師は、我の心の中の問いを受けることができたのか。
そして、初めて対話ができたことに、嬉しさでいっぱいになった。
さらに驚いたことに、
碧海尊師は、慧光の自国語で返答しているではないか。
「慧光殿。我々の勉強会へようこそ。」
他の二人の僧と共に、慧光も碧海尊師の勉強会入会の許可を得た。
碧海尊師の勉強会で学び、充実した一日を送る日々。
慧光は僧として生きることに、さらに幸せを感じた。
一方で、懸念されることが生じていた。
寺院内に平穏が戻ってきたことに安堵したためか、病の進行か。
大老尊師の衰弱が、さらに進んだ。
それに伴い、いよいよ先の空昊の処遇を考える必要が出てきた。
心にたくさんのことが流れてきて、圧倒されそうになる。
慧光は、「思索の歩」に出かけることにした。
美しい庭園をそっと抜け、林に向かう。
緑の木々が、美しい。
朝陽を背に受けると、前方に輝いた背中が視界に入ってきた。
碧海尊師だ。
いつもよりさらに、朝の光を美しく感じる。
恥じらいながら慧光は、近づきすぎぬようゆっくりと、
しかし見失わないよう、その背中を追った。
碧海尊師の勉強会は、非常に活発なものだった。
僧一人一人が主体的に学び、それぞれの学びを合わせ、さらに高める。
慧光はそのような会で修行できることがとても幸せだった。
一方で、碧海尊師に対する秘めた自分の想いに、戸惑った。
慧光達仏僧は、たくさんの戒律を守りながら修行している。
生涯独身とされ、恋愛は出来ない。
出家は、自ら選んだ道。後悔はない。
しかし抑えることの出来ない思慕に、慧光は戸惑ってばかりだった。
体が男性であり、女性でもあるからか。
強く愛を与えたい、穏やかに愛を受け取りたい。
同時に混雑する、複雑な想い。
我はなぜ、あの方に強く惹かれるのか。
師に対する尊敬だけでない、想い。
混乱してきた。
嗚呼、それがゆえ、御仏は戒を設けているのだ。
我は、僧であったのではなかったのか。我は一体、何ぞ。