「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑲~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
”巨大寺院”に入門。
「賢彰」率いる兄弟子集団と、波乱に満ちた修行生活を送る。
心通う少年、「空昊(空)」と出会う。
隣国寺院の査察団にいた、高僧と出会う。
それから、数日。
隣国寺院の査察団は、巨大寺院の仏事・僧達の修行を
「見学する」という丁重な姿勢で、内外部隈なく検めていった。
放埓の限りを尽くしていた賢彰は、途端に鳴りを潜めた。
その取り巻きは、元々賢彰に迎合していたに過ぎない。
各人、修行生活に戻っていった。
査察団は、頻繁に会合を持ち、巨大寺院内の僧達と語らった。
その言葉の端々により、巨大寺院内の問題をさらに把握した。
僧達は、査察団に自らの寺院のことを語ることにより、
仏寺たる姿とは何かを再認識することとなった。
こうして、ごく短期間で、巨大寺院は平穏さを取り戻した。
慧光は心上向いた気分で、大老尊師の小屋へと向かっていた。
平穏さを取り戻した巨大寺院内での修業は、より身が入る。有難いことだ。
そして、なにより。
あの高僧と同じ敷地内にいるというだけで、高揚する。
慧光は、背後に人の気配を感じた。
滅多にいないが、大老尊師に訪問する僧なのだろう。
この寺院内の僧は大半、年若い慧光より高位だった。
そのため、いつものように先を譲るべく、
道の端に身を避けて立ち止まり、後方へ挨拶をした。
目を上げて、驚いた。
あの高僧が、供もつけず一人、自分の目の前に立っていた。
驚きと嬉しさと。どこからくるかわからぬ恐れ。
入り混じった感情が一気に、慧光に押し寄せた。
自分だけに向けられる、明るく、穏やかな笑顔。
ただ胸が、いっぱいになった。
残念なことに、慧光は隣国の言葉を解さない。
しかし、大老尊師の小屋への道を尋ねられていることがわかった。
そのため、僭越ではあるが、先導することにした。
自分の姿が、あの高僧の視界にあると知っているだけで、
舞い上がるような気持だった。
慣れた道であるのに、高僧と歩むこの道は
別世界に通じているかのように感じる。
道中、凛々しい声で、高僧が隣国語で話しかけてきた。
不思議なことに、慧光は何を伝えてきたか理解ができた。
高僧は、自分の名前をたずねているのだ。
慧光が名乗ると、高僧は笑顔のまま、その名をそっと繰り返した。
その様子を見守りながら、
慧光は途轍もない歓喜と恥じらいでいっぱいになった。
この御方と歩むこの道。永遠に続けばいいのに。
惜しいことに、大老尊師の小屋に到着。
大老尊師に、高僧の来訪を取り次ぐ際、気づいた。
ーしまった。この御方のお名前は・・・・?ー
そう考えた刹那、告げられた。
”碧海”
目の前に、煌めく海洋が広がる。隣国は、美しい海に抱かれた地。
永遠に忘れないその名を、慧光は聞いた。
大老尊師と隣国語で短い会話を交わし、
その直後、碧海尊師は小屋の内部に入った。
慧光は、動転した。
病の大老尊師に直に会うなど、空昊以外、これまで誰もしたことがない。
碧海尊師は、大老尊師の病のことをご存知ないかもしれないと、
慌てて慧光が後を追おうとしたところ、空昊に止められた。
「光にいさん。
大老さんの病気のこと、あのお坊さん知っているよ。
ちゃんと会って、挨拶と話をしたいんだ。」
「そうか。そうだったか。
・・・・あれっ、空よ、なぜわかった。隣国語を知っているのか?」
「ん~、知らない。でも、わかった。
ねえねえ、あの人。
光にいさんが大好きな、素敵なお坊さんでしょ?」
その言葉が終わる前に、慧光は空昊を抱え、慌てて小屋から離れた。
碧海尊師は、慧光達の自国語がわからないだろう。
しかし本人の真隣で、空昊の率直すぎる質問を聞かせるわけにいかない。
碧海尊師と大老尊師との会談が終わった後。
慧光は召され、大老尊師から告げられた。
「碧海尊師と査察団は、慈恵により、
当寺院の内情について、詳細にご存じだった。
査察団は、あと数日内に帰国の途につくとのことぞ。」
慧光は慈恵の働きに深謝すると共に、
碧海尊師が近日発ってしまうことを知り、強い寂しさを感じた。