「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉔~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
心通う少年、「空昊(空)」、隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」となり、故郷への旅に出る。
いくつかの寺院・街を経て、
寺院の僧に先導され、光環と空昊は丘多き村に到着した。
以前、世話になった寺院の建物は、先の嵐で修繕中であった。
村の有力者の寄進により、寺院の僧達は一時的に、
その有力者の大きな敷地内の家屋の一つを寝所としていた。
ある日、空昊は目を輝かせて光環に語った。
「ねえ、光にいさん。
とても嬉しいことがあったんだよ。」
「おお、空よ。それはよかった。
して、どのようなことがあったのかい?」
「とてもとても、美しい人に出会ったんだ!」
「そうか。どこでその方に出会ったんだ?」
「この屋敷の門のところさ。」
「ほう、この屋敷の。
じゃあ、この村に暮らしているのかな。」
「そうだろうね。
ここのご主人のお使いさんから、食べ物をもらっていたよ。」
毎朝、この屋敷の主である有力者は、
自分の屋敷の門の前で、必要とする人々に食べ物を施していた。
集まる人々は、何らかの理由で生活に困難があった。
その日食べるものも無くても、この有力者のお蔭で、
この時代には珍しく、その村には餓死する者はいなかった。
毎朝、空昊は早起きをするようになった。
光環は屋敷の門を覗く。
そしてそこに立つ空昊を、そっと見守る。
空昊は集まっている人々の前に立ち、朗々と読経している。
僧から経を受けることだけでも、徳あること。人々は感謝していた。
空昊は遠方にある巨大寺院からの僧であるだけに、
その「有難み」も増すらしい。
空昊が読経を始めてから、この村に良い変化が起きた。
食事を必要とする人達はもちろん、食事を必要としない人々も、
様々な喜捨を手に、朝は有力者の屋敷の門に集まるようになった。
その喜捨を、有力者は食事の施しと寺院の修繕に活かした。
互いに出来る範囲で、物を分かち合うことにより、
村の中の人々に和が生じた。
光環は、空昊がより大きな声で経を読む時があることに気づいた。
空昊の瞳の先に、粗末な衣を纏う小柄な女性がいた。
安寧とした生活を送っている様子はないが、澄んだ瞳をしている。
おそらく、その女性が”美しい人”であると思われた。
その刹那、屋敷の使用人が誤って、物を落としてしまった。
大きな音に、誰もがその方向を見る。
ところが、その女性は周囲に視線を泳がせるばかり。
その様子から、光環は気づいた。
その女性は、耳が聞こえないらしい。
瞑想を終えた光環のもとに、上機嫌の空昊がやってきた。
「空よ。なんとも幸せそうだなあ。」
「うん、光にいさん。ぼく、とっても幸せ。」
「そうか、何よりだよ。
そういえば、村の人々も、幸せだと言ってたよ。
空の経が有難いって。」
「よかったよかった。
大老さんに教わったことで、みんなも幸せになるんなら嬉しいよ。」
「あの美しい人にも、空の経は響いているだろうな。」
「うん、そうだといいな。」
「・・・あの方は、耳が聞こえないんだろう?」
「うん、言葉を話すこともできないよ。」
この時代この国、心身にさわりがある人間が生きることは容易でなかった。前世に徳を積めなかったと蔑まれるだけでなく、
出家できない女性として生きるだけでも困難があった。
「ねえ、光にいさん。ぼく、ここにもうちょっといたいなあ。」
「そうか。どうしてだい?」
「ぼくが読経すると、喜捨がより多く集まるんだ。
お寺の修繕に役立つかな、と思って。」
空昊はただ、あの美しい女性が暮らすこの村に、
より長く滞在したいのだろう。
光環はそれに気づかないふりをして、応じることにした。
「空よ、それは素晴らしいな。
それでは、我は日中、僧や村の人々に法話の会を開こう。」
この村により長く滞在できることになり、喜び溢れる空昊。
それを嬉しく思いながらも、光環は、自分の懸念を伝えることにした。
「空よ。とても嬉しそうなのは結構なんだが、そなたは僧であるぞ。
女人に近づいたり、話したり、ましてや触れたりはできないんだ。」
「うん、あの美しい人は、僧であるぼくに近づかないよ。
それに、お話できないよ。聾唖なんだ。
お坊さんである今は、ぼくはあの人に触れることはできない。
でも、魂に近づき、話し、触れることは、いつでもできるよ。」
光環は、胸打たれた。
この肉体で生きている間、僧である生き方をすることは自分次第なのだ。
肉体の枷は、自分が作り、感じているのに過ぎない。
ひと月後。
次の寺院の僧の先導され、光環と空昊は旅立った。
その後ろ姿を、美しい人はいつまでも見送っていた。