「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑱~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
”巨大寺院”に入門。
「賢彰」率いる兄弟子集団と、波乱に満ちた修行生活を送る。
心通う少年、「空昊」と出会う。
巨大寺院に、隣国寺院の査察が入る。
その日。
巨大寺院の奥にある、大老尊師の小屋周辺にいても、
寺院内をめぐる風向きが変わったことを、慧光は感じた。
隣国寺院からの査察団の到着が近いのだろう。
なぜか、居てもたってもいられなくなった。
大老尊師のもとを辞去し、慧光は、出迎えの僧の中に混じった。
燦燦と輝く陽光の下。大勢の僧が現れた。
近隣寺院の先導で歩む、隣国寺院からの査察団。
不思議なことが起きた。
大勢の人間がいるのにもかかわらず、
その中のある一人の僧だけが、鮮明に慧光の視界に入ってきた。
自分と年近いと思われる、若い高僧。
秀でた風貌に、彫りの深い顔立ち。
瞳には、修行で磨き抜かれた者が持つ、輝きと強さを湛えていた。
遠目からでも光満ちた神々しい姿に、慧光は射抜かれた。
もっと、その高僧を近くで見たい。
しかし、漠然とした強い恐れも感じ、近づけない。
混乱のまま慧光は、出迎えの僧達の一群から、そっと離れた。
すると、どうしたことか。
群から離れ、一人立つ慧光の真正面に、その僧は立っている。
周りにも聞こえそうなほど、慧光の胸が高まった。
我を取り戻すと、査察団の後尾の僧達が通り過ぎていくところだった。
陽光に眩んでの妄想・・・・幻だったのか。
しかし確かに、あの方は、我の傍らにいた。
心がおさまらないまま、慧光は査察団を歓待する式に参列するため、
他の僧に混じり寺院内に急いだ。
隣国寺院からの査察団は、高僧は3人、10人ほどの供で形成されていた。
査察団の中の最高僧と、巨大寺院の大老尊師の代理である老尊師との
問答が始まった。
慧光は、式の間中、気もそぞろだった。
隣国の最高僧の後方に控えている、あの高僧から、なぜか瞳を離せない。
自分で自分を制御できない状態にいたたまれなくなり、
慧光は、並居る僧達の後方に、移動を試みた。
その刹那、力強く、あたたかな気を感じた。
慧光は思わず、その方向を向いた。
あの高僧と、視線が合った。
それは、一瞬だった。
しかし 永遠でもあった。
すっかり千々乱れたまま、慧光は空昊のもとに出向いた。
「そうか~。
そのお坊さん、素敵なんだろうね。
光にいさん、うれしそう。」
滔々と話す慧光が、ようやくひと息ついたところで、
空昊は、口の周りを菓子だらけにしながら応じた。
「おい、空よ。なんと恐れ多いことを。
その御仁はだな、おそらく、数々の修行をー」
「う~ん、難しいことは、よくわかんない。
光にいさんはそのお坊さん、とても好きなんだね。」
慧光は、赤面となるのを禁じえなかった。
そして、何とか心を落ち着かせ、言葉をつないだ。
「空、我は僧であるぞ。
人を好くなど、仏の道に・・・」
「光にいさん、ぼくのこと好き?」
「ああ、大好きだ。もちろん。」
「光にいさんは、ぼくが大好き。
光にいさんは、そのお坊さんも大好き。
同じだね。」
「・・・・・・・・・・・・・。名前すら、知らないんだ。」
「ふうん、名前を知りたいんだ。」
「!!!!
いや、だから、その、そんな、恐れ多い!
そもそも、この寺院に、お仕事するために来られたんだ。
それが終わっちゃえば、隣国にお帰りになるばかり。
この寺院、だだっ広いだろ?
お見かけすることすら、難しいだろうよ。」
「そのお坊さんに会いたいんだ、光にいさん。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
その晩。
月を眺めながら、慧光は空昊との会話を思い出していた。
そうだ、魂のままであれば。
あの御方に、我は強く惹かれている。
そう、認める。
姿を、見ただけなのに。
何を、我は血迷っているのだろうか。
いや、これは、迷いなのか?
この心を、一体どうしたらいいものだろう。
これまで、悩まされてきた、我の心と体。
我は、男性なのか、女性なのか、何者か。
ましてや、我は僧である。
恋い慕うなど、禁戒の身。
・・・・・・・・・・あの高僧もそうではないか。
同じ頃。
寺院内から、もう一人の僧が自らを眺めるのを、
月はそっと、見つめ返していた。